2021年7月29日 (木)

気まぐれアトリエ日記(1433)・・・錆びる

Img_8008-2 10数年前には鴨江教室のまわりにもまだ畑が残っていた。昼休み、吉野家の牛丼を食べに畑の横を歩いているとボロボロに錆びて底が抜けた一斗缶が転がっていた。錆色が魅力的で、これをキャンバスに貼ってみたくなった。錆は絵具と違って鉄板自身が変色したもので、身から出た錆ってヤツだ。

もう何の役にも立たないものだから、欲しいといえばモノズキなヤツだという顔で「どうぞ持っていって」というだろうが、まてよひょっとしたら変質者と疑われるかも知れないなあ。持ち主がわからないので、ゲージツのためだと勝手な言い訳をし、ことわりもなく教室に持ち帰った。はやい話が失敬したということだ。

しばらくの間これを使ってコラージュしていたが、コラージュには懐疑的な考えをもつ絵描きもいたりして、まあ人それぞれの好みだからとは思ったものの、なんとなく反論するのも煩わしくなったのでやめてしまった。

物置を片付けたら当時の作品が出てきた。この感じオレにはしっくりくるんだよなあと改めて思った。好きな素材なんだから、なにもやめることはなかろうと再度挑戦してみた。

錆びた鉄板には、剥がれたものが持つニュアンスと同様「歳月を感じさせるなにか」があるので、何も描いてない余白が生きる。過去の手法は踏襲しないと云いながら無理して突っ張ってきたものの、好きなものはやっぱり好きだ。錆びた鉄板など貼ったものは洒落た絵とはいえないが、自分にはシャンソンより馬子唄が似合っていると思えば、それを口ずさむしかない。

島田の山本晶司先生の個展を観に行ったらチョコレートやガムの包み紙が何層にも堆積した大作があった。「すごいコラージュですね」と話を向けてみた。

「時々、島田駅前で電車に乗る前に紙屑拾いの掃除をしてたんだよ。その時集めたいろんな紙がたまったので貼りまくった」と云って笑った。奥様が以前「主人のアトリエには捨てられていたようなヘンなものがいっぱいあるんですよ」と笑っていたことを思い出した。

所謂、ゲイジツにはテレてワルぶってみせるシャイな先生が見える。意図など訊いたら「そんなものはないよ」と云うにきまっているから野暮な質問はしなかった。その破天荒な絵には、絵そのものよりそれを制作した先生のヨソユキではないヤンチャな素顔が出ていて面白かった。

 

 

2021年7月27日 (火)

気まぐれアトリエ日記(1432)・・・絶滅危惧種

Img_8001-2 前回カブトムシの話を書いたら、掛川のNさんからラインがあった。〈Nさん〉先生、カブトムシほしい。うちのシマトネリコは見向きもされないから。私、小さな孫3人と同居してるの。〈私〉今度飛んできたら虫かごに入れとくね。〈Nさん〉ありがとうございます。8月16日まで大丈夫かなー。死んじゃうと可哀想だから14日とか15日に飛んできていたら貰います。

松井クンからはFBにカブトムシの話がリンクされ、それにコメントがついていた。

〈松井クン〉カブトムシはカナブンの仲間で1ヶ月くらいの命。1年かけて成虫になるのはセミと同じ。カブトムシ捕ると相撲をとらせてから逃がしてやった。今の子供は見たことないからカブトムシのカタチが描けない。鮭を描いてといったら北海道の子供は魚のカタチを描くけど、東京の子供は切り身を描くんだって。

〈私〉この2~30年で雑木林や藪がなくなり宅地になった。自然がなくなるのは子供たちにとってもカブトムシにとっても、とても残念なことだよ。自然は心も体も癒してくれる大切な場所。いずれ自分も戻っていくところだから残しておかなくては。

〈松井クン〉オオクワガタは絶滅危惧種のひとつだよ。北海道はクワガタ、カブトムシはいない。アブラゼミはいる。本州に生息する昆虫を北海道に持ち込むと在来の道内種が減ることになる。青函トンネルを伝って、動物や昆虫が移動する。ブラキストン線という生態系分布の大事な線が地図に引かれているけど、それがおかしくなってきている。キタキツネが青函トンネル伝って青森に入ったって話もある。

北海道にはいなかったゴキブリも、道内の温暖化により発生しやすくなっている。物流の発展にともなって段ボールについてくる。段ボールはデンプン糊を使っているのでゴキブリにとっては大ご馳走。本州にしかいないゴキブリを北海道に持ち込まないように、送る時にはしっかり殺虫剤を撒いてるよ。

〈私〉キタキツネも熊も猪もカブトムシも人の営みと関係しているってことだ。コロナウイルスも人と一緒に移動している。土砂崩れで被害にあった人達はまことに気の毒だが、自然に手を加えすぎた人間によって引き起こされている。人間も自然の一部にすぎない存在だから、都会に住んでいるとそのことを忘れがちだ。時には自然の中に身を置いてそのことを五感で感じてみることも大事だと思うよ。

2021年7月25日 (日)

気まぐれアトリエ日記(1431)・・・カブトムシ

Img_2796_20210725091301 5年程前、庭の塀の手前にシマトネリコを5本植えたのだが成長がはやく、高さ3メートルになった。園芸店で買ってきた時は鉛筆くらいだったものが太さ10センチに育ったのだ。

先日、ポストに郵便物をとりに行ったら、カブトムシが10数匹幹にとりついていた。珍客なので面白がっていたのだが、よく見ると幹をけっこう深く削っている。

どんなものだろうかとパソコンで調べてみた。以前はクヌギやコナラの樹皮を剥がして樹液を吸っていたのだが、最近は街中に現れるようになり、特にシマトネリコにつくようになった。

酸っぱい香りがするので、それを求めて集まってくるという。クワガタなどでは樹液の出るところまで樹皮を掘ることができない。あまり樹皮を剥がされると枯れる場合もある・・・と書いてあった。それではと隣の雑木林へ逃がしてやったのだが、翌日にはみんな戻ってきて樹皮を剥がしている。カブトムシは飛ぶ。

数キロ離れた三方ヶ原台地は宅地化がすすみ、すっかり町になってしまった。昔は林道を辿れば湧き水があり乾いた喉を潤してくれたし、その小川には夏の夕方になると蛍が乱舞していた。子供の頃の名残りはもうなにもない。

カブトムシも住み家を失い住宅地のシマトネリコに集まるようになったのだろう。長野や北海道で熊が町中に出没するのと同じ理由で、少し可哀そうな気もするが、枯らすわけにはいかないので目の粗い麻布を巻きつけることにした。

教室の帰りに生徒達もカブトムシを見つけて喜んでいた。まだ他の木にも集まってくるようだったら虫かごを買ってきて、帰省した孫たちに配ったらどうかと思ったのだが、コロナで他県への移動自粛を呼び掛けている最中なので、これも難しいかもしれない。

カブトムシが嫌われ者になるなんて、世の中変わってしまったもんだ。

 

2021年7月24日 (土)

気まぐれアトリエ日記(1430)・・・はやくしないと

Img_7982-2 この頃50号キャンバスで油彩の連作をしている。このサイズだとモチーフやカタチやマチエールなどを気軽に試すことが出来る。気に入らなかったら消せるし、軌道修正も思い切って出来る。

これが150号となるとそうはいかない。もともとプラン通りになどいかない方なので、一からやり直すことも多い。150号を年間数枚描いていたのでは新しいアイデアなど湧いてこない。描くことでしか見えてこないタイプなのに画面が大きすぎ失敗ばかりしていて効率がわるい。

以前に描いた30号や50号を引っ張り出してみると「こんなことを試していたんだ」と振り返ることがあって、それを近作に活かすこともある。今描いているものが一番進化していると思いたいのだが、どっこいそうはいかない。過去に教わることも多く、進化などしていないことを痛感する。

渋い色調のマチエールにラクガキのような線が入った作品があった。もう10年も前に描いたものだ。マチエールと線のギャップが面白い。過去の自分に教わるのは、なんだか妙な敗北感がある。

せめて技法に変化をつけてみようと、水性ペンキをスプーンにすくって垂らしてみたり、ボトっと落として作為を消してみる。絵は2次元のスペースに、造形として工夫した自分の言葉を使って翻訳してみることだ。そんな気持で取りかかったら、説明が減った分、ナマな感じがなくなりタブローとしての抽象性も浮かび上がってきた。

今日は収穫があったからもうやめてテレビでもみようと思った。「オレって自分が描きたいものが少し見つかった気がする」と独り言のように云ったら、カミさんが「今頃そんなこと云ってるようじゃ、もうじき日が暮れるよ」とあきれ顔で応えた。

そうだよなあ。いつまでも体力は待っていてくれないかも知れないしなあ。再来年の東京個展を目指し、気合いが入ってきていたところなので、日は西に傾いたとはいえまだまだ暮れるにははやい。人はステージが決まると頑張れる。レスラーがリングインする前の高揚感みたいなもんだ。

最近、教室でアドバイスをしようとすると「まず自分の力でやってみるから」と断られるケースが多くなった。仕方がないので「指導はいらんかねー。はやくしないと行っちゃうよー」と呟いていたら「車で焼き芋売りに来るオッサンみたいだ」と笑われた。

「はやくしないといっちゃうよー」とキャンバスにせかされれば「待って。今、手を入れるから。そんなに慌てさせないでくれよ。ネが不器用なんだからボチボチ行かせてよ」と私。アタマの中には作品がチラチラ見えている。消えてしまわないうちに手を動かそうと頑張るのだが・・・

 

 

2021年7月22日 (木)

気まぐれアトリエ日記(1429)・・・損得勘定

Img_0002-2_20210722083301 Mさんは木を使って柔らかい木の芽など、ユーモラスな作品をつくる彫刻家だ。以前、いろいろな話をしている中で「彫刻って公共施設などに置いてもらえば永久に残るからいいよね。大きな絵は飾ってくれるところなんかないから物置に入れたままいずれ自分の手で始末しなければならない」と云うと意外な返事がかえってきた。

「そんなことないよ。公民館などに寄贈したものは、館長が代わったりすると片付けられて紛失しちゃったりするんだから」

木で巨大なインスタレーションを制作しているTさんに「終わったらどうするの?」と訊いてみたら「壊すしかないですね。分解してゴミに出せるものは出します。置き場所なんかないですから」苦労して作ったのに、なんだか勿体ない気がした。

中部と関西に住むYさんとEさんは公募展用の彫刻をトラックに積み、ふたりで夜通し高速道路を走って東京の美術館に運ぶと云っていた。それもまた自宅に戻したら、いずれ解体することになるという。九州のTさんは、トラックで運んでもらうと運賃が往復で数10万かかると云っていた。

この種のアートは役にたつものを作っているわけではなく、ムダを承知でやっている。こんなことは人間以外やらないものだ。この心理状態は、自分が人間であることの実験、証明、あるいは確認をする行為なのかも知れない。

ビートたけしは「アートってーもんは、はぐれ者のやることだよ」と云っていたが、損得勘定の出来るまともな人間のやることではない。彫刻を他人事のようにいってはいるが、実は自分のことでもある。

浜松市が市制100周年記念事業として「100夢プロジェクト」を各文化団体に依頼してきたことがあった。浜松美術協会にも話があったので私は次のようなプランを提案した。

クリエート浜松展示室を高さ2メートルの段ボールでグルっと囲み、ラクガキをする。まずは手掛かりとして昆虫や動物、得体の知れない生き物を刷毛で一気に描いた。その上に来館者が紙に絵を描き切り抜いて貼り付けてもらうというものだ。

一週間のあいだには大勢の人が参加してくれ壁面が埋まった。夢中で制作している時には感じなかったのだが、完成した時は取り壊す時だったのだ。片付けながら人生も多分そういうふうに過ぎていくものだろうなと思った。

彫刻家のMさんと話をしていて、ユーモラスということは知的でひとつの価値観に縛られないゆたかな柔らかさがあっていいなあと思いながら、いずれ壊される運命にあるのなら、むしろ破壊的な儚さを内包しているものとして好き勝手に暴れて遊べばいいんだと思った。

 

 

 

2021年7月20日 (火)

気まぐれアトリエ日記(1428)・・・出たとこ勝負

Img_7955-2 月曜午後には毎月1回受講する生徒4名が御前崎、菊川、掛川方面から初めて来る日だ。片道50キロ余り、東名高速を使い三方原スマートインター経由で半田教室に来ることになっているが、お昼ご飯をすませたら車が停まった。

実は彼女たちがどんな作品を制作しているかほとんど知らないし、どんな指導を求めているのかもわからない出たとこ勝負だ。今から4時間連続どんな教室になるのか見当がつかない。

玄関で「緊張するー!」と云って入ってきたが、私も同じだ。Nさんが「画材はすべて新調してきました」と云った。Mさんが「どんな色にでも染めてくださいって感じだよね」私は「白無垢でお嫁にくるみたいだね」「イマドキの花嫁より緊張してます」と笑った。

私は「どんな教室になるのかわからないけど、何か発見することがあるかも知れないから長い目でやろう」と話をした。絵は一律に指導することは出来ないので、まずは制作途中の作品をイーゼルに置いてもらった。やはりベテラン揃いだ。

Nさんは黒く地塗りした30号キャンバスを持参しマチエールの研究をしたいと云う。持ってきた水性ペンキを毛羽だったローラーで塗り、ムラをつけ、乾いたところで薄く溶いた油絵具をグレージングして地塗り完了。その上からエスキースプランに添って制作していた。

Sさんは10号キャンバスに動物と人を複数描いていたので、このサイズだともう少し簡潔な構図にした方が明快なものになるかなとアドバイス。動物一頭と人物一人を十文字に構成。次第に力強い作品になっていった。

Iさんは馬を組み合わせた作品だったので、ピカソのゲルニカ用に描いた馬の素描を見ながら話をした。膨大なエスキースから探ったカタチには作者が見える。遊び心や少しへそ曲がりなところや、おかしみなど自分のいいところもヘンなところも曝したカタチをいっぱいメモしてみると自分のものになる。完成は急がないように試行錯誤してみようと話した。

スマホで過去の作品を見せてもらったが、Nさんはタコの足が絡みついた裸婦。Mさんは爬虫類を組み合わせたインパクトのある作品で「一年かけて制作しました」と云った。みんな、こんな発想よくしたもんだと驚くものばかりで私の方がタジタジとした。

2時間過ぎたところでウッドデッキに置いてあった私の絵をみながら、マチエールについて話をした。

あっという間に時間が過ぎていった。半分は肩の凝らない絵の考察の話だったが、終始笑い声の絶えない教室となった。「帰りたくないなー」とNさんが云った。「また来月ねー」と車から声をかける4人に「気をつけて帰って」と手を振った。

 

2021年7月18日 (日)

気まぐれアトリエ日記(1427)・・・好きだから描く

Img_7786-2 いよいよ東京オリンピックが近づいてきた。コロナ感染者が増加している最中の開催で、ダレかが云うように安心安全とはほど遠く、正確にいうなら不信不安な大会だ。とんでもないことにならないよう祈るばかりである。

選手にはまことに気の毒なことになった。やるからにはハングリーにメダルを目指し頑張ってほしいのだが、スポーツはともかく絵の評価については、あまりはやく褒められない方がいい場合がある。

画家の中川一政は米寿を祝う会で大勢の来賓が祝辞を述べたあと「けなされ続けの人生で急にほめられてもその気にはなれない」とユーモアたっぷりに語った。照れだろうが、自分に酔わない厳しさと制作へのハングリーさが伝わってきて、いいなあと思った。老子曰く「大器は晩成す」だ。評価されるのは出来るだけ後まわしがいい。

とはいうものの、絵も「評価や賞がほしいから頑張る」でもいいのではないだろうか。褒められたいと思うのは人として当たり前のことで、それもエネルギーになる。20代の頃、公募展に出したら、ある人から「そんなに賞が欲しいの?」と云われたことがあった。

努力した結果としての評価が知りたかっただけなのに、オレって純粋じゃないのかなあと、若かった私は水を差された気分になった。しかし「賞なんか要らないと云って努力しないことが果たして純粋なことかよ」とも思った。

小島よしおみたいに「そんなのカンケーネー」とは云えなかった。若い頃は自分の力量がよくわからないので、他者がどう感じるのかその距離感を知りたいと思うものだ。努力と評価のどっちに、より価値を置くか自分の美意識が問われる問題である。ことわっておくが、賞に自分の価値を全面的に委ねるつもりなどはさらさらなかったのだ。

ところが、絵を描くエネルギーは人さまざまなんだと思ったことがある。Sさんは少し稚拙なところがある描き方をしている。私は造形や配色について口を出したが、描写力についての指導はあまりしなかった。

ある時「私って上手くなるのかねー」と訊いたので「ならんならん」と冗談を云ったら「ひどーい!いやだー!描くの好きだから、どう云われたって通うんだから!」と私をピシャピシャ叩きながら女芸人のベルサイユみたいに叫んだ。

才能とは継続する力のことをいうのだと思うが、こういう純粋なエネルギーもあるんだなあと思った。Sさんは相変わらず稚拙なところを残しながらも自由で色感豊かな絵に変貌していった。ひたすら楽しんで描いた先に、素朴でオリジナルな世界があらわれたのだ。

他者の評価は自分ではどうにもならない。しかしそれをバネにすることは出来る。「どう云われても好きだから描く」は最も揺らぐことのない理想の姿勢であろう。

 

2021年7月15日 (木)

気まぐれアトリエ日記(1426)・・・雲の峰

Img_7942-2 このところ都田スケッチ教室は雨続きだったが、今日は梅雨の晴れ間となった。都田川が流れる田圃の中にある白狐公園には東屋があるので陽射しを避けられる。そこでスケッチすることにした。四方を山に囲まれていて、今日の山並は雨で洗い流され、シャワーを浴びたようにサッパリとして見える。山の稜線から湧く雲は輝くばかりの白で大盛りのカキ氷のようだ。

「一茶の句に 雲の峰たつや 野中の握り飯 ってのがあるけど、いかにも白い雲を見ながらの握り飯は夏の気分だよなー。雲は最高のモチーフだと云ったのは曾宮一念だけど、みんなはどう感じるか、さあ描いて見せてもらおうか」と話してスケッチにとりかかった。

「ゴジラみたいな雲だね」「ホント!だけどもう崩れ始めたよ」などと話しながらスケッチしている。鳥の声がよく響く。特許許可局と鳴いているのはホトトギスだ。時折ウグイスも鳴いている。「特許許可局って3回続けて云ってみな」と、けしかけたが皆んな失敗した。何だかよくわからないことをしている教室ではある。

「ここは静かだから鳥の鳴き声がよく響くよね。原田濱人は 笹鳴きの 消ゆれば 波の音ばかり と詠んだし、芭蕉は 古池や かわず飛び込む 水の音 と詠んでいる。どちらも静寂を描いた句だよね」などと話しながら、私も一枚描いた。

Sさんは雲の白い塗り残しが多かったので「雲の翳りにはいろんな色がある。いろんな色があるから白が際立つ。俳句で静寂を詠むのに音を使うのと同じだよ。フェルメールの 真珠の耳飾りの少女 の映画の中で、フェルメールは少女に雲の色を訊いていたが、いろんな色が見えると返事をしていたよ。

グレイはいろんな色がバランスよく入った状態だから、どんな色を使ったっていい」とアドバイスした。Sさんは、山と空を同じ分量で描いていたので「どっちかにウエイトを置く方が、なにを描きたいのかわかる」と話した。

Iさんは手数が少なく無造作なタッチで描いていて、配色に独自な工夫がある。「オリジナリティとは、どう工夫したかが問われるんだ。いいところもヘンなところも曝してこその絵だ。例えば欠点だらけだけど好きなヤツだとか、ワルぶっているけど案外やさしいところもあるじゃんとかさ」

一か所に集まってスケッチすると、いろんな話が聞ける。終わってから作品を並べての勉強会では個性的な雲が並んで楽しかった。

 

2021年7月13日 (火)

気まぐれアトリエ日記(1425)・・・取材

Img_7933-2 昨年、浜松美術協会総会で講演をした折、中日新聞の糸井絢子記者が取材に来てくれ、その時が初対面だった。その後「浜松市民・ひとこと」欄のコメントを依頼されたので、教室の生徒20数名でリレーをした。

掲載が始まってから、井上盛さんのコメントについて確認したいことがあると我が家を訪ねてきた。そのついでに「井上さんに東京大空襲の取材をしてみるといいよ」と勧めたのだが、夏には終戦記念日特集として熱く気迫のこもった記事が大きく掲載された。

先日の行動美術となかま展の取材に来てくれた時に「私も7月末まで個展中なので案内葉書送っておきます」と伝えた。鴨江教室で荒井さんが「糸井記者って珈楽庵の取材に来てくれました?」と訊いたので「まだだよ」とこたえた。

「ひとことのコメント送った時のメールアドレスがありますから先生のスマホに返事がくるように設定しときます」と云った。すぐに「取材が遅れて申し訳ございません。近々伺いますのでよろしくお願い致します」とメールが入った。

数日後、打ち合わせた時刻に行くと一番奥の席でコーヒーを飲みながらパソコンで記事を書いていて、午後は少し時間にゆとりがありますと云った。

井上盛さんの自宅に取材した時の話を訊きながら、ひとしきり井上さんの波乱万丈な半生で盛り上がった。私は「そうそう、先日井上さんからTBSの報道特集の取材が来たって電話もらったので」と、2年前にもTBSで取材があったが他との兼ね合いでボツになった話をした。

糸井さんが記者を目指したいきさつを訊いてみると「アメリカのジャーナリズムを肌で感じたくて、早稲田を中退しアメリカの大学に行ったんです」まだあどけなさの残る顔で云った。

私の画集を見ながら絵の話をしたが「東京で2年後個展をするつもりでいるけど50号を20枚並べようと思っている。そんな大きさはどうせ売れないから、やりたい放題やるつもり。この個展の目的は、この先2年の過ごし方を考えたもの」と話すと「へー」という顔で私を見た。

気がついたら2時間近くが経っていたので、展示してある絵を見ながら取材し、次の取材現場へと向かっていった。

 

2021年7月11日 (日)

気まぐれアトリエ日記(1424)・・・明け方にみた夢

Img_7868-2 シンプルな画面にならないものだろうかと常々思っているのだが、つい描き込んでしまうクセがなかなか抜けない。シンプルなカタチにするには独自な個性がないといけない。簡単そうだが簡単なことではなく、描く前のイメージが大事になる。

明け方に夢をみた。今は亡き行動美術の中谷孝夫先生が中田島砂丘に大きなキャンバスを立てて制作している。しばらく考えていたが、筆で赤い線を大胆に入れたら新鮮でスカッとした画面になった。そこで目が覚めた。

起きて先生の画集を探してみた。20年前に豊橋市美術博物館で個展をした時のものだ。先生ならではの知的で思い切りのいい造形が際立っている。余分なものを描かないということは、かくも強い詩情が漂うものかと思った。

簡単にこの境地に至った芸当ではないオトナの絵だ。それに比べると私の絵は肩に力が入って随分突っ張っている。先生の絵にはあまり構えずに自然体の深さがあるのだ。

ピカソやブラックなどキュビスムの影響を受けながら、そのフォルムはキュビスム特有の硬さから解き放たれた自由さがある。鮮やかな色面に浮かぶ人物像は透明感があり、極度に省略したカタチにはリアルな存在感がある。

故郷の渥美半島や遠州灘を背景に人物を重ね描いているが「遠州灘(白い風)」※写真参照。には砂丘に浮かんでは消える人物群で構成されている。清潔で簡潔な画面にはまず叙情的なイメージがあって、それを造形化しているんだと思った。先生は先に造形ありきの人ではなかった。

晩年には「生きる」というタイトルで生と死について描いているが、孤独な人物像もやがて表情がなくなり、それが故に極めて強い存在感を漂わせるに至った。

見終わって、自分なりの絵の解釈をもう一度考え直してみたいと思った。慌てて描かずに少し筆を休めて、何を目指しているのか立ち止まって考えてみてもいいかなと思いつつ画集を閉じた。

 

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