2018年6月24日 (日)

気まぐれアトリエ日記(940)・・・詩人の絵

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教室で参加者を募集していた「まどみちおのうちゅう」展を観に、菊川常葉美術館へ出かけた。東海道本線の沿線、鷲津、高塚、浜松、磐田の各駅からそれぞれ乗り込み、菊川駅で降りて一緒に美術館へ向かった。

まどみちおは「ぞうさん」「やぎさんゆうびん」「ふしぎなポケット」などの童謡で知られる詩人である。一方抽象画も数多く残した画家であったが4年前に104才で亡くなった。

彼の絵はカタチの説明や意味を持たない。自身の絵について「視覚ぐらいは意味から自由にしてあげたい」と言葉を操る詩人らしい言葉を残している。

「意味など持たない絵」は静かな詩情を湛えて、ただそこにあった。カタチや色に縛られることなく自由な存在として「ただそこにある」という感じなのだ。

カタチに意味があると、自由にそれを踏み外すことが出来にくい。本当に自由であるためにはカタチと色を紡ぐに足る発想と創造性が必要になる。

まどみちおはいのちに向けた温かな眼差しを持っている。そこにあるだけ、生きているだけで素晴らしいという存在のよろこびに裏打ちされた造形なのだと感じた。

彼は抽象画を描くことで、一切制約のない創造の世界をつくってみせた。この不思議な世界はユーモアや、やさしさに包まれている。しかし同時にこの絵画世界は制御不能になりかねない危険な領域でもあると感じた。

完全抽象というものは、とりとめもなくて私は踏み込めないでいる。具象形態を捻じ曲げることによるカタチのインパクト、斜交いな眼差し、毒気に自分を投影させたいと思っているからだ。しかし、まどみちおは素手で人間らしさに満ちた抽象を描いている。私はまだ何かに縛られ、自由になれずにいるのかもしれない。

こんなにのびのびと心を解放して描いてみたいなあという憧れはあるのだが・・・絵へのアプローチは人それぞれ、自分は自分でしかない。まどみちおは完全抽象と人間臭さ、この相反する要素を両立させている稀有な人なのだ。

帰り道、掛川駅で降り、ホテルでランチバイキング。駅でショッピングをして2時過ぎには浜松駅に戻るというコンパクトな美術館行きであった。

2018年6月22日 (金)

気まぐれアトリエ日記(939)・・・今描いてみて

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都田スケッチ教室は曇り空で、時折涼しい風が吹く快適な日だった。公民館のすぐ近くでスケッチすることにした。坂の途中に家が、背後には山が迫っている。

みんな描き始めたところで私も一枚。線は描かず、ツートンで大きな色面をつくってみた。水浸しのスケッチブックは横倒しのまま放っておき、アドバイスしながら見てまわり、終了後作品を並べて勉強会。

「お疲れ様」と解散したところでTさんが「先生の絵、線を入れると云ってたけど今描いてみて紅ゆずる?」と云った。生徒達が輪になって見ている。いやー、見られながら描くのはやはり緊張するなあ。

「実際に描いているところをみるとスピード感やコンテの圧力など、手の動きがわかって勉強になった」と口々に云ったので私はこんな話を付け加えた。

「途中まで抽象画かと思ったかもしれないけど、先に線でカタチを描くと、その線に縛られて色をつけることになるから今日はちょっと手法を変えてみた。色面と線はそれぞれ表現として独立し、機能しなければならない。線はカタチの説明、従属物じゃないからね。線には色々な表情がある。

表現は自分で見つけるしかない。うまく描けるだけが表現ではない。うまく描けることはわるいことではないが、安定してそれに頼るようになると新しい美は拓けにくい。

「美」はみんな違うからね。これは「しあわせ感」と似ている気がする。「これがしあわせというものです。ハイどうぞ」というわけにはいかないんだよ。みんな違う。それぞれの体験を踏まえて内側から醸し出す気分のことだ。挫折や悩みを乗り越えた先にしかしあわせ感は味わえない。しかもそれはささやかなものだ。

絵を描くことは降って湧いた災難じゃないから努力や根性はいらないよ。工夫しながら楽しく挑戦していく。今の時点で完成形を急いではいけない。いっぱい失敗を重ねた先にまだ自分の知らない美が現れるから」みんな神妙な顔して聞いていた。

2018年6月20日 (水)

気まぐれアトリエ日記(938)・・・雲

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梅雨空が続いた
雨上がりの夕方、堤防を散歩していると西の空が透き通り、雲の縁を金色に輝かせ息をのんだ。あのむこうにはとてもいいことがありそうな気がして、しばし眺めた。

散歩をしていると、あっと驚くような雲と出会うことがある。空一面に刷毛ではいたようなすじ雲だったり、空いっぱいのうろこ雲、高い空を行列のように流れていく羊雲など・・・画家、曾宮一念は雲は最高のモチーフだと云っている。

大阪で地震があった。松井クンがFBに、この日の雲をアップ。波形の雲が西の空から流れてきて、一筋、別に飛行機雲のようなものもある。これは地震の予兆の波状雲と呼ばれるものではないか。

〈松井クン〉 わしんとこ中田島だん、はぁもう南がソッコー海だで。完璧フカヒレのエサになるずら。こおなりゃはぁ笑うしかないずら。

地震雲とは、仮説として発生前に断層周辺に大きな圧力がかかり、その圧力によって電磁波を発生させ雲が出来るといわれている。震源周辺から発生する電磁波が雲の生成に影響を与えるというのだが、まだ科学的に立証されたわけではない。

遠州灘には防潮堤が築かれつつあり、津波避難タワーや命山も出来ている。浜松の新美術館建設も予算が防潮堤にまわったと、まことしやかな噂もあるが定かではない。先ずは命が大切なことはいうまでもない。

松井クンからFBに別の話も入った。これについてはじっくり判断する必要があるなと感じた。

〈松井クン〉 わしの育てのふるさと北海道は近い将来かなリの汽車がなくなるかもしれん。人間に例えたら、血管を取り除き細胞を壊死させるやり方。新幹線至上主義の猛者の仕業ずら。

〈私〉 美術もそうだけど、文化とか心を育てる一番大切なところが効率や採算で判断されると大局を見誤るよね。鉄道だって血流がなくなれば文化も産業も衰退する。

弱者を切り捨てない、血の通った政治家がいないもんかねー。限られた予算で八方いいようにはいかないから嫌われ役も必要だが、それにしても時の為政者は嫌われ方が美しくない。なにより大事なものは美意識、矜持だよ。うその上塗りしていては美しくない。嫌われながらも、でも好きだといわれるような政治家が美しい国日本を引っ張っていってほしい。国内国外を問わず美意識をもたない人間が国を動かすと国民まで心が貧しくなる気がする。

2018年6月17日 (日)

気まぐれアトリエ日記(937)・・・行間

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鴨江教室までの間、カーラジオが鳴っている。作家、高橋源一郎の「すっぴんインタビュー」で同じく作家の町田康が対談していた。これは面白そうだと車を走らせながら耳を傾けた。

「小説で何を云いたかったのか説明してほしいといわれることがあるけど困ってしまうんですよ。書いているうちにどんどん変わっていくんですから。特別なテーマなどはありません。あまり構想してから書く方じゃないんで」

たしかに町田康の小説は迷路みたいで説明できないところがある。「訊かれれば適当に意味づけしてしまうけど、小説家の解説が本当のこと云うとは限りませんよ」「先までわかって書いていたら小説書く前に疲れちゃうよね」と高橋源一郎。

文字を操る世界にもそんなところがあるんだと思った。行間からこぼれ落ちるものを読者がそれぞれ勝手に感じるものなんだろう。

昔、ある作家がこんなことを云っていた。「主人公が勝手に行動したり喋ったりするから、それを追いかけて文字にしているだけのことです」小説が自分の手を離れた生き物になっていく感じはなんとなくわかる。

町田康は更に「わからないことを書くと、自分を問われることになる。整理されていることの中に私の書くべきこたえはあまりないんですよね。さまよっているうちに何か見えてくる気がするんです。闇をライトで照らすと、しばらくは歩くことが出来る、その先もそうして進んでいく感じ。書きながら見えてくるものがあるんです」

町田康が自作の一部を朗読。作家の朗読は作品にどんな空気が漂っているか息遣いを感じることが出来る。「扱いにくいテーマってあるよね」と高橋が云うと「ありますねー、魂、愛、死なんかは難しいです。恥ずかしさが先にたって。正しいこと、優しいことは必ずしも正しくないし優しくもない」

「だからわかりやすいことばかりは書きたくないんです。長編の700ページを何故書くかというと、読まないと感じてもらえないことがあるからです。ひとことでと云われても、ひとことでは云えないことを云いたいんですから」

小説も絵画も行間を楽しむためのものだと思う。あらすじでは伝わらない部分が表現なのだろう。

2018年6月15日 (金)

気まぐれアトリエ日記(936)・・・終わった人

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舘ひろし主演の映画「終わった人」を観にいった。案の定、定年を過ぎた頃の男性が大勢みていた。

仕事一筋に生きてきた主人公が、定年翌日から時間を持て余すところから始まる。公園、図書館、スポーツジムなどで時間をつぶそうとするが、どこも老人ばかり。帰ってきてつい妻に愚痴をこぼすうち次第に距離をおかれるようになってしまう。

妻や娘から「恋でもしたら」とからかわれる始末。そんなある日カルチャーセンターの受付嬢に想いを馳せるようになり、ついにデートにこぎつける。スポーツジムで知り合った男性に経歴を見込まれて、その会社の顧問にもなった。仕事に恋に歩き出したのも束の間、次々と災難が降りかかってくる。

退職後、明日から何をしようかとなった男が家の中で異物と化して居座ればたしかに妻だって疲れる。長い間に、それぞれ生活のペースが出来上がり最早歩調を合わせることには無理がある。そのうちに会社の負債を背負い込むハメになり卒婚というかたちで、それぞれの道を歩むことになったのだが・・・

精神科医、斎藤茂太氏の著述にこんなのがあった。歳をとることは山登りに似ている。上がれば上がるほど息切れをする。しかしそれに反比例して、視界はますます広がっていくのだ。定年退職こそ新たな人生を踏み出すチャンス。家庭生活を上手に生きるには、つかず離れず干渉せずが鉄則。人間は遊ぶ動物、遊びは人生のエネルギー、好奇心は人生を愉快にする万能薬。

ついでに医学博士、大島清氏の「歩く人はなぜ脳年齢が若いのか」を肩こり解消法を探りながら読んでみた。氏は、歩くことと、ときめくことは脳に起きる現象に共通点があるという。

脳のストレスは、取り敢えず歩いてとる。取り敢えず歩いてみよう。どんな季節の風も、歩けば心地よく脳を若返らせる。自然を友とする生き方には孤独などない・・・などなど

「終わった人」には終わらない人生を歩くためのヒントが詰まっていた。

2018年6月13日 (水)

気まぐれアトリエ日記(935)・・・川柳

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内科医、宮本佳則さんの川柳が面白い。川柳は誰もが思い当たるところをくすぐってくる。柔軟に視野がひらけて人間くさい。自分に酔わないところも知的である。クスッとしながら、絵の表現もそうありたいなあと思う。

・いろいろと 入っているから 自然水 (自然って純粋で混じりっ気のないものじゃないの?)

・運悪く 生命線に 釘ささる (ゲッ!)

・不死不老 こんなものかと みる造花 (お墓に差してあったのを見つけた)

・ものすごく リアルだけれど つまらぬ絵 (いやいや超リアルで感動する絵もある。リアルが中途半端なんだね)

・茶髪とか ピアスがなんだ 金歯だぞ (説明いらん)

・へんだなあ へんに見えなく なってきた (慣れちゃったの?)

・失敗が 活きてますねと 褒められる (褒められるにはまず失敗が必要か)

・女医さんで うれしい時と 困る時 (昔病院に行った時、美人看護士の座薬を断り自分でした)

・よく見れば 横が通れる 高い塀 (脇が甘い)

・大吉を ひきあて 使い切った運 (アーア)

・50年 歌い続けた デビュー曲 (長く続けると再フィーバーすることもある)

・なによりも平等 なにもしない神 (えこひいきなしが一番いい)

・犯人に 顔をみられて 眠れない (想像が膨らんでこわくなる)

・いつまでも 子分じゃないと 妻にいう (ノーコメント)

・虫を見て 泣く子笑う子 たたいた子 (それぞれ)

・ライブ版 やっぱり生はいい と父 (ライブのCD?)

・ストレスは ないはずですよと 妻は云い (ハイハイ)

・浅いとこ 行っちゃだめよと 深海魚 (危険なところもそれぞれ)

・ヌンチャクの ように体を拭く タオル (ジサマがよくやっていた)


2018年6月10日 (日)

気まぐれアトリエ日記(934)・・・桶が谷沼

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生徒だった斎藤さんのFBに油彩100号、沼の絵が載っていた。昨年亡くなった白井先生の作品だとすぐわかった。斎藤さんのコメントは次のようだった。

磐田絵の会作品展は6月10日までです。今日、会場へ行きましたら、ご夫妻が入り口に立って中を見ておられました。「お入りになってご覧ください」と声を掛けたら「いえ、もう見せていただきました。あの絵が素晴らしいので離れてもう一度見させていただいています」とのこと。思わず「ありがとうございます」とこたえました。あの絵とはアップしたこの絵のことです。感激です。昨年亡くなられた白井顧問の遺作で、会場入り口正面に展示してあります。

私が磐田市で白井先生の個展をみてからもう7年が経った。その折「絵を描き楽しんで米寿」という先生の冊子をいただいた。生い立ちからの半生を綴ったものだが、その中で絵を描く日々を次のように語っている。

学校を退職してもまったくフリーになったわけではなかったが、絵を描く時間が出来たことはうれしかった。その頃のモチーフは桶が谷沼だった。この沼がトンボで注目されたのは、私の退職前後だったと思う。写生地として魅力的だったのでよく通った。

夏は湖面がヒシで覆われ、オニバスの赤い花を見つけたりした。イトトンボが湧くようにいて、歩くと口に入りそうになった。山にはササユリが咲き、栗がなった。山藤が咲く頃は池の端を飾って、四季心惹かれた。

今度の展覧会で30才頃の水彩作品を見て、内心ドキリとした。この展覧会が済んだらまた仕切り直しである。残り少ない人生だが求め続けよう。

桶が谷沼は先生が70才前後の作品だろう。素直な自然観照が心に沁みる。斎藤さんに「是非拝見したいので日曜日に伺います」と云うと斎藤さんから「会場で待っています」との返事があった。久しぶりに斎藤さんに会いたいとカミさんも一緒に出掛けた。

会場で桶が谷沼の作品をじっくり味わった。垂れ下がった黄色い葉と呼応するように画面中央に微かに光る水面が横に走る。明暗の響き合い、抑揚の効いた配色の工夫に先生の感性が垣間見え、改めて人柄を偲ぶことが出来た。

会の人達6~7名と一緒に絵を観て回り、感想も求められた。皆さんベテランばかりでアドバイスもおこがましいとは思ったが、感じたことを色々云わせていただいた。さすがに白井先生の息がかかった人達だと感じた。楽しい会話に、じっくりとひと時を過ごさせてもらった。

2018年6月 9日 (土)

気まぐれアトリエ日記(933)・・・絵の具に語らせろ

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Mさんは教室で油彩150号のエスキース用小品を描いている。もうベテランの女流というべきである。昨年あたりから絵が変わってきた。人物のモチーフが抽象性を帯び、絵肌が魅力的になった。

以前は「この絵に込める意図をよく考えて描こうと思っている」と云っていた。これは大事なことではあるが、それに気をとられていると初めから答えありきのメッセージに縛られた感じで観る側に一方通行の窮屈さを強いる気がする。

私はここ数年、発想を揺り動かそうとアドバイスしてきた。「絵の具に語らせろ。絵に意味を求めるから、その説明に縛られ窮屈になっている。熱、面白さ、工夫で絵肌が語り始めるまでやってみれば絵は自らが答えをだすはずだ」

具体的な方法としてパレットには色数を少なくし、量を多めに出すようにすること。絵の具を無駄に使っているようにみえるが、少量の絵の具で広い画面を塗ろうとすればペインティングオイルを混ぜることになる。これだと水彩画のような絵肌になり油絵具の魅力が出せない。

次に、最初から小さい筆は使わないこと。大胆に、単純に、骨太に構築する。「強く優しく」の順で制作する。「強く」はたっぷりの明るい絵の具で厚く描き、乾いたら濃い色の絵の具をペインティングオイルで薄く溶き、刷毛でやさしくグレージングしていく。

厚い絵の具の上に透明な被膜をのせ底光りするような絵肌をつくること。実は油絵はペインティングオイルを使わなくても描けるのだ。水彩画における水の役割とは違う。厚塗りの上に濃い色をぼろきれに付けて刷り込んでいけば同じ効果である。

まずは少ない色数で描いてみること。少ない色の対比こそが鮮烈な印象を与える。「絵の具に語らせろ」と云ったのは陶芸家が釉薬をかけて火にくぐらせるのと同じことだ。どんな肌合いのものができるかは火という他力に任せるしかない。

自分の手を離れたものは、もはや意図を超えて自由な生き物として開放してやらなくてはならない。その時作者も絵によって解放されるのだ。Mさんは私のいわんとすることがわかってきた。

2018年6月 5日 (火)

気まぐれアトリエ日記(932)・・・線

6月3日日曜日に浜松美Img_1752_2術協会の裸婦デッサン会があり、研修部のHさんから講師を頼まれ、アドバイスしながら見て回った。参加者には私の生徒や知人も大勢いて賑やかな会だった。

薄い鉛筆で慎重にカタチを探っている人には、正確でなくてもいいからまずは一息に長い線をひいてみるように、またコンテなどで線の質をかえてみるようアドバイスした。画面を大きくつかむ訓練である。

デッサン終了後、10数名が参加した高校生の作品を並べて勉強会をした。なかには美大受験を控えている生徒もいるだろうから無理なからぬこととは思うが、一枚のデッサンを一日かけて制作していた。私は一枚にかかりきりにならず色々な角度から沢山描いてみると形態を把握する力がつくとアドバイスした。

線とは本人が意識、無意識の連鎖によって現れる独特の筆致のことだ。絵で自分をどう表現するかという、その人にしか描けないスタイルこそがデッサンにおける自己表現であろう。これは現代の過剰な表現重視の傾向よりも、無意識、無作為な行為の痕跡という点においてより深い独自性のあるものだ。

サインひとつとっても、他の誰でもない世界をそれぞれ持っている。紙の上にコツンとあてて引く線には、筆で塗るよりもはるかに個性的なものが宿る。スピード感、間のとり方、緊張や弛緩など、すべては本人すら関知しえない人柄の表現だといえる。

裸婦デッサンは写実的なものなので、似通ってみえる傾向はたしかにある。しかしよく見れば写実でも線の表情、強弱、省略などによって違いが出る。これは線によるカタチの説明をこえた、線の持つ抽象性である。

いかに個性的な表現をするかのアイデアに重きをおく現代においても、デッサンという地道な研鑽から表現へのアプローチを探り、描く楽しさのバリエーションをひろげていくためにもデッサンは大切だろうと思う。

2018年6月 2日 (土)

気まぐれアトリエ日記(931)・・・急がば回れ

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個展が3カ月後に迫ってきた。それに向けて制作を始めなくてはいけない。30号50号を中心に更に制作するつもりだが、画面が大きいのでいきなり描くよりは6号サイズのボードにアクリル絵の具でエスキースしてみることにした。

どうもうまくいかない。インパクトがないのだ。描きながら腕組み状態になってしまった。体調のせいかなあ。しばらくして構図が単純でないことに気がついた。ズバッと明確なフォルムになっていない。大胆で単純なフォルムは簡単そうで難しい。

これをよく練り、それを出発点としてアクセントをつけたりしながら遊ぶ。急いではいけない。いい絵は構図が単純でモノがドンとそこにあるだけだ。ギリギリの要素で成り立っているような絵に憧れる。

単純だと何故いいのか。作者の意図が素直なので印象が強い。ワンフレーズが鮮烈に心に残るのと同じである。まずは造形意図が鮮明であるからこそ、単純明快な構図でこと足りるのだ。

具体的に考えてみる。構図を決める時はモチーフと背景の割合を考えることから始めなければならない。ポジとネガの関係の明確化。ポジの面積が少なくてネガの面積が多いと迫力がない。画面の求心力と拡散のせめぎあいも考えたい。

アンバランスのバランス。例えば鉄1キロと綿1キロの心理的な対比。描きたいだけ描き散らかしておいてから整理整頓してみること。画面を支配するのはスケールの大きさ、躍動感、緊張感・・・エスキースを眺めながら色々考えるところがあった。

しかしエスキースだけに頼ってしまって大きな作品を作ると弛緩する。だがエスキースの段階で沢山描いてみることは大事だと思う。急がば回れ、いきなり大きな作品に取り掛かると時間と労力ばかり使ってしまう。

年間に大作を数枚制作する傍ら、小品を沢山連作してみると絵の思考力がつく気がする。今更なにを云っているのかと我ながら思うのだが、私の場合、絵を描くってこんなことの繰り返しである。あまり焦らずにしばらくエスキースで連作をしてみるとするか。

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