2019年7月20日 (土)

気まぐれアトリエ日記(1105)・・・ムンクいわれそう

Img_3503 都田スケッチ教室は、いつ雨が降り出してもおかしくない空模様だった。もし降り出したら都田駅の待合室で雨宿りすればいいから、その周辺で描こうと出掛けた。私もみんなが描き始めたのを確認して15分くらいで1枚スケッチした。

駅舎から見た駅前の雨模様の家並みをスケッチブックを横倒しにして水彩絵の具でシミを置き、生乾きの状態でコンテの線を入れてみた。ちょっと不気味な絵になった。

FBに「都市伝説が生まれそうな家になった」とアップしたらKさんからコメントが。「ムンクの〈さけび〉みたいです」私「ムンクにムンクいわれそう」駅舎からは他に見えるものがないから家並みを描いたがモチーフはたいした問題ではない。絵は作者がどう描こうとしているかが見える。

三々五々スケッチしている生徒たちをアドバイスしながら見て歩いていると、アトリエで指導する時と少し違うことが起きる。マンツーマンになるので本音が出るのだ。

「私、悩んでいることがあって思うように描けないことも多いんですよ。絵に気持ちが向いていない時もあるけど、絵がないともっと辛いかも知れない」と少し笑いながら云った。

私は「だからみんな絵を描くんだよな。何も思い煩うこともなく、絵だけ描いていられたらと思うけど、もしそうだったら多分表面的で味わいに欠けるものになると思うよ。ゴッホの絵をみると思うようにならない自分を曝して表現している気がする。

立派な芸術を見せてやろうなどという余裕はない。それじゃ誰も見向きもしない。弱かったり、苦しかったり、傷ついたり、狂おしかったりする人生と向き合ってゴッホはひとり足掻いている。

ゴッホの絵をみると私と同じ人がここにいると感じるからこそ共感するんだよ。ほとんどの人は弱くて傷つきやすく、ゆるぎなく自立した人なんかじゃないから、あるがまま等身大の自分をそのままモチーフに投影し表現してみることだね。

上手に描けばいいというもんじゃない。自分にしかない音色を響かせることだよ。なにがあるのかは知らないけど、今ある試練だってプラスに考えれば人生の手応え、味わいになるはずだよ」

話だけをして、その場を離れようとしたら「なんだか元気が出た」と云って笑った。

2019年7月17日 (水)

気まぐれアトリエ日記(1104)・・・表現

Img_0568 私のまわりでは昔からの習わしとして初盆のお宅へ焼香に行く。部屋いっぱいに盆飾りをして、縁側で親族が出迎える。一軒だけ、離れたところにも初盆の家があった。常日頃のお付き合いはないお宅だった。

焼香のあと、お辞儀をして頭を上げた人は昔デッサン同好会で一緒になったことがあるYさんだった。意外なところで出会ったので、私はハトが豆鉄砲食らったような顔をしたと思う。

「母の初盆なんです」Yさんは横に座っているお姉さんに「ひとつ川下の橋のそばの絵画教室の先生です」と紹介した。男性生徒のIさんは、そのデッサン同好会に入っていて、Yさんともスケッチ会で一緒になり「何でも話せるいい友達ができました」と云っていたのを思い出した。Yさんに云うと「私にとっても本当に大切なお友達です」と応えた。

Iさんは温厚で思慮深い人だ。読書が好きな文学青年(中年?)で話がとても味わい深い。今日思いがけずYさんと出会ったことを電話すると「お母さんの初盆とは知らなかったです、ありがとうございます」と云ったあと「話は違いますが・・・」とこんなことを切り出した。

「私はながい間、自分の思ったことなど心の中を外に出したことはなかったんですが、私にも心を表現することが出来るんだと改めて感じているんです。家で山羊を小さく描いて、それをとりまく空間をアクリル絵の具で何回もトライしたんですが、あまりにもとりとめがなくて途方に暮れ納得できずにいます。今度教室へ持っていきますのでみてくれますか」

Iさんは「とりとめがなく途方に暮れる」と云いつつ「私にも表現することが出来るんだと感じている」と云った。Iさんの心の中にある目に見えないものを色調やタッチに込めて描いているんだと思った。私は「楽しみにしてます」と云って電話を切った。

その絵を教室でみると、山羊をとりまく空間は瞑想的で深く美しい。思わず見とれてしまった。7~8年前教室を訪ねてきた時は石膏デッサンばかりしていたが、いつの間にか随分絵の解釈が進んだもの だと感慨深かった。

Yさんと野外スケッチしながら、読んだ本の話や旅の話、自分の絵についてじっくり腰を据えて話をするのだろう。絵を媒体として同じこころざしをもつもの同士の心の触れ合いは、同性異性を問わずお互いの人生をゆたかに彩ってくれる。

 

2019年7月14日 (日)

気まぐれアトリエ日記(1103)・・・ティータイム

Img_2084 鴨江教室にNさんが油彩20号キャンバスを持ってきた。見たことのない軽やかさと自由さ、こだわりがなくて大胆だ。私は思わず「どうしちゃったの?」と訊いたら「取り敢えず下地として色を置いてみただけ」と云った。明るいイエローオーカーの線が画面いっぱいに孤を描いて、反対色の濃紺がリズミカルに踊っている。「牛乳パックの縁でトントンとスタンピングしてみた」

久しぶりに井上さんが顔を出し「いいねー!」Nさんは「褒められちゃったらこの先どうしたらいいかわからなくなる」井上さんはKさんが教室に寄贈してくれた画集の全集からカンディンスキーを開き「この自由さ、配色、形態を水彩で模写してみるといい」「模倣にならない?」「いや、追体験してみるってことだよ。実際に描いてみると感覚的に体得できるから。無意識に出来ていくってことが大事だよ」

Mさんは「ステンドグラスの教室では手順通りすれば完成するけど、絵はさんざん描いたあと潰れることがありますよね。絵ほど指導者によって変わっていく習い事ってないですよ」と云った。

昨年、事情で卒業したHさんがティータイム用の豆大福を持って久しぶりーと入ってきた。「先生も元気そうだねー。少し痩せた?」「この頃竹踏みしてるから、やってみたら?」と隣のKさんに云うと「やってますよ、私のはエアーの足踏みです」私「100均で買ったやつじゃ効かないかなー」Hさんは「ハハハ先生は相変わらずだねー」

Aさんが井上さんに「昔NHKのど自慢に出たことあったでしょう?今度、菊川で予選会がありますよ」「アッそう!出てみようかなー」井上さんの歌は94才とは思えない声量と熱い語り口だ。私は「井上さんなら絶対出場できますよ」「頑張ります!」と紅潮した顔で頷いた。

テレビで井上さんが歌っているところを聴いてみたい。「放映は9月8日だそうですよ」とAさん。私は「行動展の審査の日だなー。もし出場できるようだったら録画しときますから連絡してください」

昔の懐かしい顔ぶれが揃って賑やかなティータイムだった。

 

 

 

2019年7月11日 (木)

気まぐれアトリエ日記(1102)・・・風通し

Img_3499 私が20代の頃のデッサン同好会は大勢の若者が集まってきて熱気に溢れていた。絵の話は勿論、人生論、政治の話など口角泡を飛ばすナマイキな連中がいた。時代背景もあって社会の在り方に疑問を持ち、これでいいのかと真剣に議論したものだ。同級生には、その勢いで成田闘争に駆けつけ三里塚に籠城したツワモノもいた。

昨今、若者が集まって世の中を議論しているなんて聞いたことがない。原因のひとつはネットが普及したからだろうと思う。ネット社会は個の社会だ。顔を突き合わせて自分の考えを述べ、また他者の意見を聞き、照らし合わせるなんてことはしない。

世界の為政者が云いたい放題横車を押しても、ネットの前の個ではどうにもならない。権力には多様な考えを束にして圧力をかけなければならない。権力者のすることをウォッチし、監視することは国民として当然のことだ。天下泰平だから、このままでいいかと安易に受け入れてばかりではいけない。

ひとりひとりが違う意見を持つことは、全体主義にならない唯一の対処法だ。若者たちは意見の衝突する人間関係など煩わしいと思っているとしたら、それは間違いだ。みんな納得するひとつの結論に収斂するためにもエネルギーをかけなくてはいけない。選挙も無関心では、なにも改革できない。団塊の世代はもう暴れるには少しトシをとりすぎた。

健全な社会とは風通しのいい社会のことだ。人間関係に適度の距離を置き、多様な意見を云い合い、お互いに反芻してみる。ワンマンなリーダーに嫌われまいと、馴れ合い忖度していてはいずれ腐ってしまう。

現在の一強政党は選挙では国民の17%の支持しかないのに6割以上の議席をとっている。原因は5割ちかくの無関心層が投票に行かないから結果的に、この一強政党を後押しし議席を与えることになってしまっているのだ。そして風通しが悪く緊張感のない、国民の声を無視するごり押し政治を許してしまっている。

多様な意見が受け入れられなかった社会がどんな結末を迎えたか、過去の歴史が示している。101才で亡くなった反骨の新聞記者むのたけじは「この前の大戦は、あれよあれよという間に押し寄せてきたんだよ」と語っていた。

「適度な距離を置く」とは相手の心にズカズカ土足で踏み込まず、慣れ合わず、相手を大事にする距離感のことだ。人間は地位があると勘違いしやすい。まとめ役とはみんなの意見をくみ取り、それぞれの考え方にじっくり耳を傾け、みんなが納得する結論に至るという裏方の 役割なのだ。

そのためには、ただ敵対するのではなくしっかりとした目線でウォッチしなくてはならない。

 

 

 

2019年7月10日 (水)

気まぐれアトリエ日記(1101)・・・リズム

Img_3497 今年の梅雨は雨ばかりで晴れ間がない。仕方がないので雨があがった束の間の曇り空、近くの小さな川でスケッチしようと出掛けた。コンテの線を引きたくなって腕がムズムズしてきたからだ。コンテの線は私をワクワクさせ、その気分を直截に紙へ伝えてくれる。

生理的な快感の反応だから別に作品として完成させたいわけでもなく、描き散らかしたものでもいっこうに構わなかった。というわけで完成度は低いスケッチだなあと思いながらも、久しぶりにFBにアップしたら折金さんからすぐにコメントが入った。

「いいなあ!このリズム感、色彩、とても心地いいです。こういう文章が書きたい!」先生は毎年、市の文化講座で「夏目漱石論」を展開している人である。そんな先生から、なぐり描きのスケッチを過分にほめていただいて大変恐縮した。最近の折金さんのFB「手製本工房」を見ると「藤枝静雄を学ぶ」として、こんな記事が出ていた。

「創作集〈凶徒津田三蔵〉の著者、藤枝静雄はあとがきでこんな風に書いている。〈ただ私は出来る限り、ものごとをハッキリと描写するつもりである。また、或るリズムをもって音読できないような文章は小説ではないと思っているから、そういうものは書かなかったのである〉

藤枝静雄の私小説に大きな影響を与えたのは志賀直哉であった。志賀のリズム論とは〈偉れた人間の仕事、する事、いふ事、書く事、なんでもいいが、それに触れるのは実に愉快なものだ。自分にも同じものが何処かにある。それを目覚めさせる。精神がひきしまる。

かうしてはいられないと思ふ。仕事に対する意思を自身はっきり(或ひは漠然でもいいが)感ずる。この快感は特別なものだ。いい言葉でも、いい絵でも、いい小説でも本当にいいものは必ずさういう作用を人に引き起こす。

いったい何が響いてくるのだろう。芸術上で内容とか形式とかいう事がよく論ぜられるが、その響いてくるものはそんな悠長なものではない。そんなものを超絶したものだ。自分はリズムだと思ふ。

このリズムが弱いものはいくら〈うまく〉出来ていても、いくら偉そうな内容を持ったものでも本当のものとはいえない。小説など読後の感じでははっきりわかる。作者の仕事をしている時の精神のリズムの強弱・・・問題はそれだけだ」

折金さんが私の描き散らかしたスケッチに反応してくれたわけが少しわかった気がした。 

 

 

2019年7月 7日 (日)

気まぐれアトリエ日記(1100)・・・平凡なものを非凡に

Img_0373 都田教室風景スケッチの生徒は水彩画が主流になっている。持参する道具が軽くて便利だからという理由からだろう。私も最近はアドバイスを兼ねて水彩スケッチをする。描いてみないと描きたい季節感や気分や詩情がわからないことが多いからだ。

勿論、水彩には水彩ならではの爽やかさや味わいの魅力がある。しかし道具立ては簡便だが奥はとても深い。水彩でも造形抽象化を心掛けてきたのだが、画材の性質上思い切った修正や書き直しが出来ない。

私は油彩も描いてきたが、若い時から人物モチーフが中心だった。次第にカタチを歪めるようになり抽象造形に傾いていったが、人物は目鼻、手足といった決まり事からは逃れられない。変形することによるニュアンスや面白さはあるのだが、気がつくと奇怪なものになってしまう場合がある。

そんな時は若い頃多くの示唆を受けた辻先生の言葉を思い出す。「絵をかくことは平凡なものを非凡に表現することだよ」風景にしろ人物にしろ、平凡な日常から感じ取るアンテナが、まだまだ未熟なんだと反省するのだが。

水彩は風景、油彩は人物ということに、なんで拘ってきたんだろう。造形という観点でみれば平面を構築するのに人物も風景も静物も関係ないのだ。風景スケッチを油彩にしてみたらどんなものが出来るだろうかと考えた。

油絵具なら、広いベタ塗り平面でも絵の具の魅力で構築することも出来る。よりシンプル化、象徴化がすすむのではないだろうか。四季の風景は、その空間と対峙することでしか感じようがないが、それをもとに更に省略強調することでどんな表現が出来るんだろうか。

造形化することで心での感じ方を強める。目から入ったものから、感じ方のみを抽出する。絵にしか出来ない作業をする。風景は水彩、人物は油彩などと、無意識のうちに自分を縛っていたものから解き放してあげれば、描くことがもっと自由で楽しくなるかも知れない。

 

2019年7月 6日 (土)

気まぐれアトリエ日記(1099)・・・ああ勘違い

Img_3496 竹踏みは肩凝りが解消し、体が軽く絶好調になる。いいものを見つけたと喜んだが・・・耳鳴りは一日周期くらいに残っている。どうしてなんだろうとまたまたパソコンで調べてみた。理由を知りたい。その中から済生会病院の医師の以下のコメントをみつけた。

高齢になると耳鳴りを感じる方が多くなります。耳鳴りとは、実際に音が鳴っているのではなくて、鳴っているように感じることなのです。原因を知ることで、日常生活を問題なく過ごすことができます。

研究がすすんで原因を理解すれば耳鳴りの9割は心理的に改善することができるようになりました。耳鳴りに不安を感じている患者さんも多いのですが、将来致命的な疾患になることはほとんどないので安心してください。

聞こえにくい音があると脳に変化が起こります。脳は電気信号が少なくなったことを感知し、聞こえないことを補うために過度に反応し、電気信号を増加させます。

この反応は鳴っていない時にも起こり「音が鳴っている」と勘違いしてしまうのです。このように耳鳴りは聞こえなくなった状態を補おうとする脳の反応なのです。

耳鳴りとは実際の音ではなく、脳の過剰な反応なのです。しかし人間は「自分にとって必要な音を聞いてしまう」という機能を持っています。聞こうとすると耳鳴りは強く聞こえてしまいます。

耳鳴りがあるから意識して聞いてしまい、意識するから耳鳴りが大きく聞こえるという悪循環に陥ってしまうのです。気にしないためにも、耳鳴りの仕組みをしっかりと理解して、危ないものではないということを理解してください。

なるほどねー、そういうものだったのかー。たいしたもんじゃないんだ。「逃げれば追いかけてくる」というやつだ。このコメントを読んで、慣れるというか共に生きるというか、興味を持つ意味のないものだとわかったから興味のあることにエネルギーを使い、スルーパスできるよう訓練をすることにしよう。

 

 

 

2019年7月 3日 (水)

気まぐれアトリエ日記(1098)・・・100均の効能

Img_0968 半月くらい前から時々耳鳴りがしていた。パソコンで調べたら耳のまわりをマッサージするといいと書いてあったので試してみると一時は治るのだが、また時々ジーっとセミが鳴く。

病気の前兆ではいけないと思って、念のため近所の耳鼻科で診てもらったが聴力も含めて異常はないと云う。「耳鳴りは脳から出る信号の誤操作です。加齢によるもので特に治す方法はありません。病気ではないので気にしないようにすることです。ビタミン剤を飲んで血行をよくし様子をみてください」と云った。

安心した一方、なーんだ治らないのかという複雑な気持ちで帰ってきた。日中は用事や物音に紛れて気にならないが、夜寝ると静かな中で耳鳴りが気になる。もう一度パソコンで「耳鳴り・指圧」を検索してみたら青竹踏みが効果があると書いてあった。

読んでみると、足の裏にはツボがいっぱいあるという。膵臓のインシュリンの分泌を活発にするツボを刺激すると血圧が下がる。インシュリンが弱くなると高血圧につながるそうだ。血糖値も下げられる。

足の裏は第二の心臓と呼ばれるくらい血管、神経が集まっていて、それを刺激することによる効果がいろいろある。頭痛、肩こり、不眠、手足のしびれ、冷え性、内臓や目や筋肉の疲労回復、リンパの流れをよくし老廃物を排出するのでむくみがとれる、メタボの解消・・・とある。教室中にその話をすると生徒のFさんも耳鳴りを青竹踏みで軽減させたと云った。

早速100均へ行ってプラスチック製で、丸い突起物がついている竹踏みを買ってきた。やってみると結構足裏が痛くなる。2分位づつ5回やってみた。その夜、寝ると耳鳴りは多少残っていたが肩こりがとれ頭がすっきりして体が軽くなっている。気分が爽快なので耳鳴りは気にならなくなった。

問題は耳鳴りではなく、肩こりによる血流の悪さで頭に酸素をしっかり送っていなかったことが原因だとわかった。久しぶりに安らかな気分で熟睡できた。

朝起きると、耳鳴りもなくなっていた。が、気分が快適なら今後仮に耳鳴りぐらいあっても仕方ない、受け入れることにしよう。肩こりが無くなり頭がスッキリしていれば上出来だ。竹踏みはテレビを見ながら、電話をしながら、歯磨きしながらでも数分するだけのことだ。

医者が「現代医学でも治す方法がないから、気にしないことです」と云ったこの症状は108円で肩こりからくる不快感を解消することができた。

2019年6月30日 (日)

気まぐれアトリエ日記(1097)・・・雲上の茶店

Img_3489 月末の休日も残り少なくなった。久しぶりに山の方へドライブに行こうと、カミさんとその友人のHさんを誘った。いなさJCから三遠南信道で三河川合へ出て、そこから県道で東栄町へ向かうと、川には鮎釣りの人達がいっぱいだった。Hさんが鮎づくし料理を予約してくれてあったので迷いながらその店を探し出した。店に入ると大きな自在鉤のある部屋に通された。

焼きたての若鮎は初夏ならではの香りがして、とても美味しかった。ゆっくり味わってからHさんが「近くの山道をのぼったところに雲上の茶店があるから行ってみましょう。かき氷が美味しくてスケッチには最高のところですよ」

細い山道を5キロほど走ると峠に茶店があった。山並みが圧倒的なスケールで迫ってくる。手前には茶畑、眼下には民家の屋根が見える。ここのかき氷はたしかに美味しかった。店の奥さんが「今朝の雲海凄かったんですよ」とスマホの写真を見せてくれた。目の前まで雲が湧いて幻想的な風景だった。

日本のチロルと呼ばれる下栗の風景と似ているが、ここはテラスから何人でもスケッチできる。教室でも来れるといいなあと思いながら、とりあえず写真を撮った。近くの山頂には天文台のようなドームが見える。空気が澄んでいて、夏は反射望遠鏡で星空を見る人達で賑わうそうだ。

来た山道を下って東栄温泉に向かった。温泉の裏を流れる大千瀬川には奥三河のナイアガラと呼ばれる「蔦の渕」が川幅いっぱいに水音をたてて落ちていた。それを見てからふたりは売店でコーヒータイムをするという。私はその間に温泉に浸ることにした。

温泉の玄関で新城在住の画家Sさんとバッタリ会った。「どうしたんですか?誰と?」こんなに遠くまでと思ったのだろう。私は小指をたててみせた。アアと頷き、目くばせをしながら去っていった。そんな気のきいたものはいないよ。

三遠南信道が開通してから奥三河はグッと近くなり、浜松から1時間半で到着する。梅雨の晴れ間を縫って訪ねた山の初夏、 美味しい空気を胸いっぱいに吸い込んだ一日であった。

2019年6月29日 (土)

気まぐれアトリエ日記(1096)・・・異業種交流

Img_3473 生徒Nさんの知人のTさんは航空自衛隊浜松基地でジェット戦闘機のパイロットをしていた人だ。以前、ジャズライブの会で同席し、いろいろお話をさせてもらった。退職後はジャズスナックを経営して、店に招かれたことがあった。

先日Nさんから、Tさんがジャズライブをするから行かない?と誘われた。会場には私の教室展に来てくれる人達もいた。退職後で、過去の肩書に関係なく飾り気のない付き合い方だと感じた。

Nさんは、教室展に来てくれる人達を教えてくれた。Oさんは大手企業でアメリカの支店長をしていた人だというが、そんなそぶりを見せない普通の大らかなおじさんだ。「先生の教室は、みんな個性的ですねー。いつも楽しみにしています」と云ってくれた。

隣りに座っているおじさんは板屋町でMという宝くじ売り場をしていると云った。私は「30数年前、Mさんで宝くじを買ったんですが当選番号を調べていたら組番からすべて合っていたので思わずヤッターと叫んだんですが、よく見ると下二桁目の5が6だったんです。

その当時、1等8000万円で前後賞を合わせると1億2000万円。それがただの紙屑になってしまった。今でも交通事故防止用にハズレ宝くじはとってありますよ。あの時当たっていたら人生変わっていたかもしれないですよね」

「あれがうちの店で最初に出た大当たりだったんです。あれからうちで買う人が増えて売り場も大きくなりました」「Mさんのところはよく当たるって評判ですよ」「数が出ますからねえ。確率の問題です。1億2000万円が当たったお婆さんに、帰り道危ないことがあってはいけないと息子さんにガードをするよう電話したんですが、あとでお婆さんから苦情が来ました。家じゅうにバレて親族全員が大もめになっちゃったって」生々しい話であった。

航空自衛隊の元指令補は「味噌汁に使うジャコは肴町のMまで買いにいきます。魚は〇〇で、野菜は〇〇・・・」と料理の話。奥さんが病気になってから家事を一手にやってきて、今は一人暮らしだという。すべての荷を降ろした初老男性として笑顔で話をしている。

前に座っていたのは、20年前鴨江教室に通っていたUさんの奥さんだということがひょんなことからわかった。「その後、主人は7回手術をしまして」「僕には何も云わなかったなあ」「そういう人ですから」20年経って、初めて辞めた理由を知った。

金属加工会社を経営している生徒のYさんが「先生はもっと異業種交流するといいがなあ。オレなんか毎晩交流しているよ」スナックでなんの交流をしているかは知らないが。

教室の帰り際「今日もなにも得るものなかったなあ、さあ帰るか」と云って出ていく。笑っちゃうしかない。こんな芸当が出来るのも異業種交流で身につけた遊び心なのかも知れない。

私は絵の仲間以外ほとんど知らないので、いろんな経験をした人達は絵の仲間とはまたひと味違った空気をまとっているもんだなあと思った。

 

«気まぐれアトリエ日記(1095)・・・描写から造形へ