2023年1月31日 (火)

気まぐれアトリエ日記(1688)・・・個展2日目

Img_2234 9時30分に開場すると、版画家の葛西さんが入ってきた。「この頃、絵はまずドローイングが大事だと思うようになりました。そこからイメージを展開し造形する、マチエールより先に・・・何かヒントをもらった気がします。私はツメが甘いって云われているのでいい刺激をいただきました」私は「多少無造作なところが葛西さんの魅力だと思ってます。人間的でいいですよ」と、こたえた。

昨年亡くなった後藤さんの奥さんが娘さんと来てくれ「ここへ来ると主人のことを思い出します」と云って涙ぐんだ。「20年も毎年一緒に来てくれていましたからねぇ・・・4月には教室展があるので、今度からは是非お嬢さんと来てください」と云うと、うれしそうに頷いた。

行動美術の重鎮、根本先生が千葉から来てくれた。会場をみて「小杉さんの世界ですねぇ。これらを振り返ることは次の展開に繋がりますよ」などの感想を伺っていると、日本画の栗原幸彦さんがみえたので根本先生を紹介した。

根本先生の中学、高校時代の絵のエピソードは面白かった。栗原さんが「今、秋野不矩美術館で日本画の中村正義展をしていますよ。建物も建築家の藤森さんが設計したもので個性的ですから」「行ってみたいなぁ」「じゃあ、私が車で送りますよ」と栗原さんが云った。

しばらくして栗原さんから電話があって「道中、話がはずんで楽しかったです。今、館長が応対してくれ帰りのタクシーも西鹿島駅まで頼みましたので」「ありがとう、お世話さまでした」と私はお礼を云った。

掛川二の丸美術館館長だった久野彰先生の奥さんと娘さんが来てくれ「アマビエ」の絵の前でずっと何やら話をしていた。傍に行くと「この絵が気になって」と云った。「このキャンバスはS150号の変形で、久野先生の形見としていただいたものです」と云うと驚いた様子だった。私はなんだか不思議な因縁を感じた。

来館者は100名余りだったので、ひとりひとりとじっくり話が出来た楽しい一日だった。

 

 

気まぐれアトリエ日記(1687)・・・個展初日

Img_2216 Img_2211 1月30日9時からクリエート浜松での個展準備が始まった。男性生徒7名、女性生徒は御前崎方面の4名も含め10名の計17名で作業にあたった。生徒達はトラックから降ろした作品を配置図に従って並べ、S画材店がワイヤで吊し、その後照明作業にあたった。

カメラマンの田口さんも駆けつけてくれ、業者に「ここしっかり照明が当たってないよ」などとシビアに指摘、ムラのない完璧な壁面となった。慣れた生徒達の連携プレーで12時過ぎに展示作業が終了、昼食となった。Nさんは「お弁当すごく美味しかった。アッ、先生の絵も同じくらい美味しかったです」と笑った。

午後1時に開場。豊川無相展の連中が6名で来てくれ、マチエールや面相筆の使い方を熱心に見ていた。「画材店ばかりでなく、ホームセンターにも色々画材に使える道具があるんですよ」などの話をした。行動美術の藤田先生は「すごいなぁ」と云ったあと「こんなに沢山しまってあったなんてすごいなぁ」と妙な感心をしていた。

昨年亡くなった後藤さんの娘さん、入院中の大野さん、カミさんの妹のみどりさんからも生花が届いた。

国立新美術館での個展に来てくれた犬塚友吉先生の娘さんの関口さんからも生花が届いた。浜松の高校の同級生藤田さんが頼まれ、持ってきてくれた。会場で藤田さんが撮っていったライン画像をみて、関口さんから「エネルギッシュな大作群で、本当は会場で拝見したかったです。残念」と、これも同級生で東京に住む姪の恵理子からラインが転送されてきた。

昨年亡くなった青木さんの義姉でフラワーアレンジの京花さんが、フロアに前衛アートのような生花を活け終わると「生徒一同」のプレートがついた。その間中日新聞が取材に来て絵をみた後、ノート3ページにわたる長い取材をしていった。続いて静岡新聞の取材もあった。

午後から90名が観に来てくれ賑やかだった。大勢の人達に助けられて無事初日がオープンしホッと胸を撫でおろしつつ帰路についた。

 

2023年1月29日 (日)

気まぐれアトリエ日記(1686)・・・作品について語る富士波かおりくん

Img_1869 昨夜松井クンからメールがあった。「個展作品のいくつかにショットを用意して、アバターの富士波かおりくんにナレーションしてもらうので、作品を描いた時の想いとかを書いておいてくれる?」前回ブログに書いたアバターについてである。なるほど。明日からは忙しくなるので、今日原稿を作ってみた。

 

自分の作品をセツメイするのは、なんだか面映ゆいものですが、描いた当時の気持などをお話ししようと思います。

〈油彩150号・痕跡・2012年〉 これは人物なんですが、キャンバスという平面上にどんな工夫をしようかなと考え、段ボールや麻布などをコラージュしました。素朴なカタチが好きなので、調子にのって子供の落書きみたいになってしまいました(笑)

〈油彩130号・カーブミラー・2003年〉 この絵は交差点のカーブミラーに映った自画像ですが、なんだか色々迷っている頃に描きましたのでそんな気分が反映されていると思います。街を取り巻く道、カーブミラー、顔など丸いカタチが大小の繰り返しになっています。

〈油彩130号・黄昏の時・2006年〉 街の中に大小の人物を配置しましたが、人物が織りなす人間模様を主役にしようと思ったので、背景の街は白の四角の繰り返しで抽象的に構築しました。優柔不断な私は、いつも具象抽象の間で揺れています。

〈油彩150号・漂流・2008年〉 人は人生という海を漂流しているようだと漠然としたイメージから、この絵を描きました。でも文学的解釈以上に絵画的な造形が大事だと思って非現実な画面構成にしました。ユーモラスなカタチで中和し、重くならないようにしたかったのですが・・・その頃の私の人間解釈です。

〈油彩30号3枚・残影・2013年〉 インパクトのある絵にしたいと、30号キャンバスに人物を一人ずつ描き3枚を繋げました。個と繋がりをテーマにしましたが、どう感じるかはみなさんの解釈におまかせしたいと思います。

〈油彩150号・領域ー白・2013年〉 室内の自画像を無秩序に解体し、存在の不思議さを実験的に制作したいと思いました。うまくいったかどうかは、今でもよくわかりませんが。

〈油彩150号・室内のY・2014年〉 ザックリとした大きな色面で構成してみたいと思って制作しました。自画像はいくらでも暴力的なラクガキができます。密度のあるところと、なにも描いていない広いところの対比を考えました。

〈油彩150号・わたしとワタシ・2015年〉 ふたつの顔が並んでいます。大きな顔はコラージュで地味に、小さな顔は派手なオレンジを配し、対比にしました。どの絵にも、これといったメッセージはありません。私が「こう見てほしい」と思うと、表現が硬直しヤセてしまう気がしますので、自由にご覧いただければうれしいです。

2023年1月27日 (金)

気まぐれアトリエ日記(1685)・・・アバター

Img_1777-2_20230127081901 松井クンが個展のDVDを制作すると云って訪ねてきた。彼が持参したパソコンを開いて「この中の女の子が個展のコンセルジュになるから、ひとり選んで」と云う。アバターが個展の案内をするというのだ。

彼の作ったアバターは5人ほどいた。幼い女子中学生からちょっとオマセな女子高生まで私の個展看板の前に立ってポーズしている。オトナの女性はいなかった。「富士波かおりにするかなぁ」と云うと、文字を音声に変換するソフトを使って声の質、高さ、速度などを調整し出した。

「じゃあさぁ、まず個展にあたって云いたいことを原稿用紙2枚くらいにまとめてみて」私はその場で書いた。彼がそれを文字入力すると「コンセルジュの富士波かおりです・・・」と原稿通り自然な抑揚で喋り出した。

「あとは、作品名とサイズ、制作年を書き出しておいてくれる?」「作品の展示順は配色などの効果を考えて入れ替えるかも知れないから、展示が終わってから一覧表にしとく。1月31日になるかなぁ」「じゃぁ2月1日に撮影しに行くからさぁ。よしさのタブレットの方が編集しやすいから、その時貸して」「わかった」

その件が終わったので「ランチに行こう」と中華料理に誘った。彼は大皿の餃子と大盛りのラーメンと、おかわり自由のライスをたのんだ。例の如く大きな声で「ご飯おかわりくださーい!」と云った。「ハーイ」と感じのいいオネエさんはニコニコと対応。「おおきなドンブリでお持ちしましょうか?」「じゃぁそれでお願いしまーす」

それをまたおかわりして、茶碗6杯ほどを一気に食べた。「このドンブリ、茶碗の倍以上あるんじゃないの?」と私がオネエさんに訊くと「1.5倍くらいかな?」とこたえたが、松井クンは「直径が1.3倍だから深さから容積を計算するとだねぇ」と数式をブツブツ呟いた。

「ドンブリだと2.1932倍になる」とコタエを導き出した。私には、彼は天才バカボンのキャラに見えてくる。そうだ、個展のアバターは松井クン似の天才バカボンでも面白かったかなぁと思った。

ランチの後、夕方まで用事がないと云って温まったアトリエでゴロンと横になった。布団をかけてやるとすぐに寝てしまった。2時間ほど寝たので「用事の時間は大丈夫?」と訊くと「もう行かないと!」と慌てて帰っていった。

 

 

2023年1月25日 (水)

気まぐれアトリエ日記(1684)・・・路地裏

Img_0168_20230125172101 NHKBSプレミアムで森山大道「その路を右へ」を再放送していた。あまり知られていない東京裏町のありのままの姿を白黒写真で数万枚撮った写真家である。かつて私も暮らし、時々立ち入った昭和40年代の新宿歌舞伎町界隈は懐かしかった。裏通りで韓国人がやっている中華料理店や居酒屋、ゲイバー、ホームレス、花園神社の露店などは色々な思い出に繋がる。

森山は黒いコートにジーンズ姿でコンパクトカメラを片手に歩きまわり「ヒリヒリする感覚に出会うとシャッターを押す」と云う。一歩外に出たら何に出会うかわからない。その繰り返しに気負いなど感じられない。これは風景スケッチにも通ずる心境なんだろうなと思う。

「この猥雑な都会は、まがまがしく愛おしい」と話しながら、こんなことを云った。「いっぱい撮らないと見えてこないものがあるんだ。いっぱい撮ると逆に何を撮らないかも見えてくる」

数年前まで私もせっせと風景スケッチに出掛けていたのだが、油彩の個展作品制作に追われ、時々しかスケッチしなかった。そこで昔のスケッチを取り出しブログに画像をアップしていたのだが、こんなスケッチをしていたのかと、描いていた頃がよみがえってくる。

「いっぱい撮らないとわからないことがある」と云う彼の言葉には重いものがある。スケッチもいっぱい描いた先に余分なことを省く力がつくのかも知れない。たまに一枚描いたって納得できるスケッチなど出来ないよなと、我ながら苦笑することがある。

写真もスケッチも偶然の出会いから生まれる。カメラはシャッターを押すだけで、スケッチは描かなくてはいけないからと思うのは短絡的な発想だ。「何を感じ捉えるのか」は、写真もスケッチも同じではないだろうか。但し「いっぱい描くこと」は「何を感じながら描いたか」と一体のものでなくてはならないと思う。うまくいこうがいくまいが。

それにしても路地裏にはいろんな人間模様があるもんだと彼の写真を観ながら改めて感じた。同時に、私にとってもアートは人間くさいものでありたいと思った。

 

2023年1月23日 (月)

気まぐれアトリエ日記(1683)・・・水彩スケッチ

Img_0180_20230123215301 都田教室でTさんは道に落ちた木の陰だけを描いていた。まるで抽象のようだが、これはれっきとした具象である。私は一本とられたと思った。風景スケッチは目の前の見えたものを描くので、どうしても描きすぎる傾向がある。私も「描きすぎたな」と思うことがしばしばある。

風景画の展覧会を観に行った時とか、生徒がスケッチしているところを見ても、そのように感じることがある。そんな時には次のようなアドバイスをする。

「印象に残る絵には共通項があるんだよ。描かなくてもいい余分なものは描いてないこと。メインのモチーフが絞り込んであり明快なこと。色数や色面が整理されていること。構図が大胆であること。描いていない空間をこわがらずに放ってあること。モノのカタチとアキのカタチの双方で緊張感があること」

風景を前にすれば、山があり川があり家があったりするが、それを自分の構図として捉え直す必要がある。すぐにスケッチしたくなる気持を押さえ、しばらくは構図を探す時間に費やしてみたい。

そんなことしていたら描く時間が減ってしまうと思うかも知れないが、そうでもない。短い時間で一気に描こうとすると余分なことを描かないようになるし、気迫による生命力が宿る。いつまでも色を重ねて塗っていると、気持が守りに入って弛緩し新鮮さが減る。水彩画は書道に似たところがあるなと思う。

よく練った大胆な構図にメモのように気迫のある色をつけてみると、現実の風景からは離れるが、そのような作品からは作者の絵心が見えてくるから不思議だ。

絵は少し離れて見るとよくわかる。細部の描写が隠れ、大きな色面のみが見えるからだ。「絵は大きくつくる」昔、ある先輩から聞いた言葉だが名言だなと思う。

「印象の強い絵」とは細部を省略したり、カタチを単純化したり、色彩の対比や明暗の対比を強めたりすることによる意図の明確さにあるんじゃないだろうか。自分のことはタナにあげ、そんなアドバイスをする私であった。

 

 

 

2023年1月20日 (金)

気まぐれアトリエ日記(1682)・・・ブッキラボウ

Img_2096-2 教室の生徒達と愛知県美術館に麻生三郎展を観に行ったのは、もう10年も前のことになった。作品の前に立っていると生徒のヤッサが傍に来て「この真っ黒な絵のどこがいいんだ?」と私に訊いた。たしかに重い空気感だが、うーん急に云われてもねー。

説明をするより、何を感じたかという問題だから。ヤッサは会場の隅に座っている監視員の女性になにやら話しかけている。これはヤバいぞ。私は関係ないふりをして他の部屋へ逃げた。

彼はユーモアを解し柔軟な発想をする男なのだが、絵についての感覚は私とは異なる。端正でキレイな絵が好きだ。勿論私だってキレイな絵は好きなのだが、そうでない絵にも心惹かれる。

麻生の絵はヤッサの云うように、決してキレイとはいえない。平面的なカタチは、かろうじて人間と分かるまで解体されていて、何度も塗ったり削ったりした地味なマチエールの上にブッキラボウな線が引かれている。街の風景は人物の背景としてだけでなく、人物と対等な力関係を持ち緊張感をはらんで、ただならぬ気配に満ちている。

社会に対し、大上段に構えたり批判する代わりに彼の眼差しは自分の内側に向けられている。社会のあらゆる矛盾は人間の存在を脅かす。現実に対して鋭敏な感受性を持ちながら制作していたであろう麻生は、その圧力を肌で感じ表現した。

今日、我々はやはり時代の閉塞感を肌で感じて生きている。彼が戦後に感じていたものとは違うかも知れないが、時代の空気の中で何を感じどう表現したかは、どんな時代でも否応なく反映されるものだ。

彼はこう云っている。「凝視と解体の力が同じくらいで迫ってくる。そのことがリアリズムだと私は考える。このふたつの、質の違ったものが平面の中で生きていなければならない」

自分を取り巻く世界を見つめ、肌で感じ平面上に自身の言葉で組み立て呟くこと・・・彼の差し出すバトンは重いが、昨今の世界を見ていると我々はそれをしっかり受け留めていく必要があるんだと感じる。

 

2023年1月18日 (水)

気まぐれアトリエ日記(1681)・・・珈楽庵展

Img_2284 水彩教室をしているHさんが訪ねてきて「珈楽庵で2月3月に個展してくれない?」と云った。私は1月末から個展があるし、3月にはふたつのグループ展や4月の教室展準備もあるので無理だとこたえながら「生徒に訊いてみようか?」「そうしてみて。個展でもグループ展でもいいから」

翌日の月曜教室で話すと「グループでならやりたい」と云う。Hさんは「4月5月もよかったらやってほしい」と云っているので、今後曜日ごとのグループ展として募集してみようと思う。

体調によりお休みしているOさん夫妻には無理させてはいけないから4名になるのだが、毎月1回月曜午後に通ってくる御前崎方面の4人組と一緒に月曜教室展にしたらと思い打診したら、みんなOKで「今度の教室に作品持ってきます」とのことだった。案内葉書とネームカードは私が用意することにした。

月曜午前生徒は具象水彩のベテランが揃っているが、共通項はアクリル絵具を使うようになったことだ。私は「絵は完成を目指すというより、実験だと思って工夫をすることだ」と常々云ってきたことが影響していると思う。

女性のHさんは教室でモチーフの綿の枝をスマホに撮っていた。「これなんだかよくわからないけど白黒の色面に惹かれる」と云うので「そう思ったら、まずその色面を大きく作ってみることだよ。カタチは後からでいい。具象だって、まず抽象的な造形が大事なんだよ」と話した。アクリルによる30号は不思議な魅力を放ってきた。

女性のKさんはアクリル絵具をパレットナイフにたっぷり載せ、激しく擦りつけ滝を描いた。「水彩って失敗をこわがって慎重になっていたけど、アクリルはいくらでも描き直しがきくので楽しい」と云った。

男性のKさんは卓上静物がモノの固有色から離れて、背景とともに色面構成をしマチエールも面白くなってきた。男性のIさんは薄暗がりの納屋を描いていた。ジェッソにオガ粉を混ぜた壁が薄暗く浮かび手前には杵と臼があり、心象的になってきた。「先生が、絵は具象も抽象もないって云っていた意味がわかってきました」と云った。

御前崎方面の女性4人組のNさんは、沖縄の蛾ヨナグニサンをモチーフに妖しい抽象になり、Sさんは山羊や少女が仄かなあかりに浮かび上がる幻想的な画面。Mさんはトカゲやカエルを場面いっぱいに描き不思議な生命力があり、Iさんはサッカー少年が画面の上下も関係なく、走り回っている。

それぞれが個性的で、楽しい展覧会になりそうだ。アトリエYOU月曜教室展は、2月1日(水)から3月31日(金)まで積志小学校正門前の喫茶・珈楽庵で開催することになった。是非ご覧ください。

 

 

 

2023年1月16日 (月)

気まぐれアトリエ日記(1680)・・・五百羅漢

Img_2072-2  いつも車で通る道に小さな鉄工場があり、その看板が錆びて文字が浮かび上がり見事なアートになってきた。長い歳月が人の作った痕跡を消し、別のものになっていく時「ハカライ」のない不思議な魅力を放つ。

運慶快慶の仁王像も、彩色が剥がれてから一層魅力をましたはずだ。石仏が苔むしていった時の美しさも同様で、化野念仏寺の石仏群と出会った時も、なんともいえない感慨があった。人間が生きる時間をはるかにこえ、そこにあるという感慨だ。

奥山方広寺の鬱蒼とした森の坂道を辿っていくと、崖に五百羅漢がそこかしこに座っている。名もない人達により彫られた五百羅漢には人間くささがあり、苔むしたお姿は、のんびりあくびをしていたり「さて困ったどうしよう」といいたげにに頬杖をついていたりする。

教室でも何回かスケッチに行ったのだがある時、コンピュータで彫った石仏を販売するようになり、谷あいに同じ姿の精巧なものがキャベツ畑のように並び出した。

本来、五百羅漢は人々が祈りを込めて彫り、奉納したものである。いかにハイテクの時代とはいえ、石仏はカタチが整えばいいというものではなく、これはイカンぞと思った。ノミで彫った痕跡は稚拙さを残していて、その人肌のぬくもりにこそアートは宿る。

そういえば奥山方広寺は芥川賞作家、吉田知子「無明長夜」の舞台といわれている名刹である。黒い森を見つめ20年もの間、闇の中を歩いた女の、底知れない混沌とした魂の彷徨を描いている。小説の中で、夫を亡くし語り合う友もなく、居場所のない彼女の諦観が重層低音のように流れていて、ひたすら霧の中を歩むような気持になった。

吉田知子氏は佐鳴台に住んでいて、生徒のAさんの向かいの住人である。井上盛さんとも文芸誌を通じて親交があり、彼女が主宰している文芸誌の表紙は井上さんが担当している。先日井上さんのお宅に伺った時、その表紙に使った絵の一枚をいただいてきた。

井上さんが敬愛する内田百閒に通ずるような、迷宮を流離うが如き絵の世界は具象抽象のはざまでうごめいて、井上さんの心の中を覗き見るような気持がした。その絵は今、私の机の前に貼ってある。

2023年1月13日 (金)

気まぐれアトリエ日記(1679)・・・理屈はキライ

Img_0002-2_20230113190101 昨年、NHKドキュメント番組で大竹伸朗を放映していた。ガンガンコラージュしているのをみて凄い作品だなぁと思った。今、東京竹橋の国立近代美術館で彼の500点に及ぶ大回顧展が開催されている。

観に行きたいのだが、個展を目前にしてなかなか行けそうにもないので、取り敢えずタブレットで彼の個展でのギャラリートークを聴いたところ、気負わず本音で語る彼の言葉に共鳴するところが多かった。その一部を記してみたい。

 

わけも分からず描いていた昔の作品は若気の至りと云われそうな気恥ずかしさがある。要領のわるい生き方は今も変わらないのだが、共通項は、すべて自分の指先から生まれた手仕事なんだよ。

妄想の暴走による熱量のようなものだよね。静謐なアートは性にあわないんだ。なんの脈絡もなく続けてきたので一貫性もコンセプトもない。でも何10年もやってきた。やらないと見えてこないものもあるんだ。

雨ざらしの剥げた看板なんか見るとアートだなぁって思う。出会ったことのない素材を見つけようとする好奇心もアートだと思うな。分厚くコラージュしたものをビリビリ剥がしたりすると、面白いなぁって気持が高揚する。

意味のないものやモラルを度外視したものが面白くて、路上に捨てられたガムの包み紙なんかもいっぱいコラージュしていた。自分の感性で、きれいだと思うからやっているだけのことだ。

理屈っぽいのはキライ。ワカラナイこととか割り切れないことなど、簡単に云い切れないことに体ごとぶつかっていく過程が面白いんだよ。だから結論などなにもない。アートは誰かが発見すると逃げていっちゃう。だから違う価値観を見つけようと彷徨うんだよ。

つくろうと思ってつくることはしないね。じわっとやりたくなるから描く、それだけだよ。それが途切れなかったんだよね。手は動かすけど、あんまり色々考えないなぁ。

思想や信条などはアートにはあまり関係ないと思っているよ。ただわけもわからず制作してきた痕跡を観てもらい、なにか感じてもらえたらって感じだよね。

 

そうなんだよねー!文だって最初の一行が出れば、あとは芋づる式に繋がっていくし、絵も腕を動かせばその先は描いたものがおいでおいでする。所詮、先のことなどわからないケセラセラなのだ。彼の制作姿勢には共通するものを感じて、直に作品を観たくなった。今月中に時間を作って行ってこようと思う。

 

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