2017年11月20日 (月)

気まぐれアトリエ日記(859)・・・FBフレンド

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フェイスブックは見ず知らずの人達と繋がることが出来る。といっても私のFB友達はそんなに多いほうではないが。その人の暮らしぶりや趣味、絵を描く人からは多様な表現が楽しめ、家に居ながら世界がひろがる感じがする。

数日ぶりにFBを開いたらSさんのコメントに目がいった。時々スケッチや油彩作品をアップしている人である。「FBフレンドのみなさん、いつもありがとうございます。今度手術のため、しばらくFBをお休みすることになると思います。回復したら、また楽しく交信してくださいね」

FB仲間のYさんからは「大丈夫だ!待ってるぞぉ~」「待っててねー」私「回復したらまたスケッチ見せて」「ありがとうございます。治ったら沢山描くけん、頑張るっちゃ!」

どうしたのか気になって、Yさんなら知っているかと思って電話すると、入院する詳しい疾患は知らないという。それでは直接本人に訊いてみようか。でもズケズケ入りすぎるのはよくないしなぁ。話したくないってこともある。

「ところで話は違うけど、しばらくFBにコメントないねえ」「先生の作品はみてますよ」それは知っている。Yさんの「いいね」が入っているから。

「・・・だって先生のFBは哲学的な会話なんだもの。私は単純なコメントになっちゃうから」ひょっとして何か気分を害するようなこと云ったのかなぁと思ったけど、ハハーンそれでかー。

以前は私のオヤジギャグに「座布団3枚!」私は「ごっちゃんです!」などと気楽に会話していた。その哲学的で詩的なコメントをくれるOさんの洞察力には深いものがある。私も長いコメントを返すのだが、このことで絵の世界が広がった気がする。文学者のOさんと私とは分野が違う。この会話は新鮮である。

Yさんは、その会話に尻込みしてたのかー。いろんな人といろんな会話出来るから楽しいのに。私はテレビでニュース解説も聴けばバラエティ番組も見る。FBはいろんな人との自由な発言と交流の場だよ。天衣無縫なYさんにしては少し考えすぎだよねー。

思い切ってSさんに電話したところ、しばらくすれば復帰できることがわかってホッとした。

2017年11月19日 (日)

気まぐれアトリエ日記(858)・・・恐縮です

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私の画集については、こちらから郵送するのはどうもおこがましいので希望のあった人に送らせていただいたのだが、その後感想などの返信が来た。どう感じてくれたのか、一部を抜粋して記しておきたい。

〈Sさん〉 先生のコメント最後の行「改めて心の記録だなあと思った。心機一転、再スタートしたい」このコメントに感動しました。先生でもそう思われるのなら私なんかヒヨコ!いつもいつも心機一転、今度こそもっとよい作品にしたいと・・・

〈Kさん〉 先生の現在の抽象作品から遡る貴重な機会を垣間見させていただき大変勉強になりました。次に向けて悩みばかりの私に、ポッと灯った道しるべのように見えました。小品にも挑戦したくなりました。面白がって手を動かしていれば次のステップへのヒントが得られるのではないかと・・・

一緒に送っていただいた「アトリエ指導・ろ・もどろ」は付箋をつけながら明け方まで一気に拝読させていただきました。楽しさの中にも思わずガバッと坐り直すことも度々ありました。今は亡き方々とのお別れと余情・・・索引を作ってゆっくり考えながら拝読し、これからの制作の指針にさせていただきたいと思います。

〈Sさん〉 絵が群れをなして一冊になるとグッと迫ってくるものと、何か言葉にならない芯のようなものを感じます。

〈Kさん〉 先生の作品の抽象化の進化、配色の進化が見られて大変興味深く拝見しました。

〈Mさん〉 画家がマンネリ化を脱することで何か転機が訪れて大きく人生が変わると云います。秋野不矩は54才にしてインドに渡りガンジスの流れに遡上する牛の大群に感動して、黒と黄色を大胆に造形し多くの人を感動させた。ジャコメッティは写生するものを繰り返し見て描くとだんだん小さくなるので、頭に入れ情念で描くことに気づいたという。今まで描いた作品を図録に収集することは前述した例からすれば些細なことかも知れませんが、私はそうは思いません。人は思っているだけでは何も生まれません。実践することでおおきな飛躍が生まれるのです。

2017年11月16日 (木)

気まぐれアトリエ日記(857)・・・色に弱い

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先日、冊子のような画集を作ったのだが、これを境に過去の作風と決別して、もっと別の自分を探そうと思うようになった。いや、そう思って以前から制作してきたのだが、このことをきっかけに過去の殻を脱ぎ捨てて脱皮する時期だと考えたのだ。すべてを一度に変えようというのではなく、まずは表現に風穴を開けたいのだ。

私は常日頃から色に弱いと思っている。制作にあたりモチーフのカタチ、空間のカタチ、絵肌、明暗、配色を同時に考えながら進めるので、どうしても色については後回しになりがちだった。

初めから渋い色にすれば落ち着くので色から逃げていた気がする。今までの色調が嫌というわけではない。しかし無難なのだ。鮮やかな色も使えるように絵に突っかかりたい。これを脱皮の課題にしよう。

ゴッホは深いブルーとイエローの組み合わせで胸に染み入るような語り口を作った。ゴーギャンはタヒチのジャングルの濃いグリーンと赤い土、更に褐色の現地女性の肌をぶつけている。よく見ると緑と赤を混ぜて白で割ったグレイを緩衝地帯として使い、知的な操作だ。

この間、山道を歩いている時に案山子を見つけた。孤独でユーモラスで自分を投影できるモチーフだなあと思った。まずは案山子の形態と空間の形態を線で画面構成してみたい。

色のみを研究するために同じ図柄で気にいるまで何枚でも連作してみる。頭で考えていても変わらないから完成など考えず実験をするのみだ。出来るだけ補色対比のツートンで配色してみよう。

色数が多すぎるとチラチラ散漫になる。華やかな色を引き立てるのは地味な脇役の色だ。スパイスを効かせる色も必要になる。

で、今日実験してみた。どうもイマイチだ。相反する要素が画面に造形の詩を与えると思う。密度の高いところと弛緩したところ、甘い色と渋い色、色と線、色面の大胆な駆け引きによる抽象感覚を実験しないと、これは手強い。

慌てる旅ではない。じっくり楽しみながら、まだ見ぬ世界を覗いてみたい。

2017年11月12日 (日)

気まぐれアトリエ日記(856)・・・スケッチ考

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押入れに積んだままのスケッチを少し整理してみようと思った。50センチほどの高さに積んだものがふたつあり、取り出して仕分けし出したら一枚づつが懐かしく、半日過ぎてしまった。

10年以上前のものは描き込みが強くガムシャラに描いていて、完成させようというよりは多様な表現を研究しようとしている。当然完成度は高くなく駄作も多い。

自分の表現をこじ開けようと絵をノックした悪戦苦闘の日々だったのだ。その時その時めいっぱいだった自分が蘇える。上手い下手では決めつけられない熱があって、これはこれで捨てがたい。

その後は何に興味をもったかに力点を置いて、描かなくていいものは省くようになっていった。画面全体を見渡す余裕が出来たのだ。時間を早回ししたように半日でスケッチの変遷がよくわかった。

この夏は暑くて、あまりスケッチをせず油彩小品を中心にアトリエで制作していた。秋になっても雨の日が多く、スケッチはあまり出来なかった。油彩に比べ水彩は線やタッチなど行為の痕跡が剥き出しになるので、多作の時期には手がよく動いているのがわかる。

ピアニストは1日弾かないと指が動かないことが自分にわかり、1週間弾かないと聴衆にわかるといわれている。最近、裸婦デッサンに行ったのだが活きた線が引けず、そのことを痛感した。この束を眺めていると20年にわたるスケッチの日々は途轍もなく長かったんだなあと実感した。

最近、画集制作で30余年を振り返ってみたが風景スケッチでも過ぎた日々のことを見渡すことが出来た。最近描いた絵が一番いいと思いたがる自分がいる。しかし絵は進歩し続けるとは限らない。昔の絵の方がいいところも随所にある。

その時その時一生懸命だったから、それを単純に未熟だったと否定することは出来ない。今の私にないものがあったり、勿論その逆もある。スケッチも私の心を引き出す絵日記だった。

生徒から教室20周年企画のひとつとして私のスケッチ頒布会を近々してほしいとの話があると云ったら、いつも面白いことをいう男性のSさんが「好きなことをして先生が一番楽しんだものを、まだ売るのー」と素っ頓狂な声を出した。

その通りだ。ただ好きなことをやってきた道楽者の浮世離れした日々だったなあと思う。

2017年11月 9日 (木)

気まぐれアトリエ日記(855)・・・教室20周年企画

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Iさんが北陸をひとり旅した時の風景を水彩画にして教室に持ってきた。鉛色の海と空がけぶっている。手前の民家は細部までよく描けているが、一番の見どころは海と空だ。

民家もそれに合わせるように水で溶かして一体化を試みたらとアドバイスした。「こんなに省いても家に見えるから不思議ですねー。すごくいい勉強しました」とIさんは云った。

私は「省いたと考えるよりも北陸の空気を画面全体に取り込んだと考えた方がいいと思いますね」と云った。アクリル絵の具の白を下地に引いてあったので、いい具合に剝れたのだ。

水彩画の道具立ても色々工夫することで表現の巾が出る。コンテ、クレパス、アクリルなど材料で変化するから偶然出来た自分の表現に教わればいいと話した。

ついでに私のスケッチを参考に見せたところ、Sさんが「これどうしてるんですか?」「押入れに積んであるよ。全部で1メートル位の高さになるかなー」

「私、考えていたんですけど、先生の画集を教室20周年記念として生徒にプレゼントしてくれたけど、あと何か出来ないかなーって。このスケッチしまい込んでおかないで額なしで蚤の市形式の経費削った価格で頒布したらどうですか?」私は「なんだか急に商人になったみたいでどうもねー」

Fさんは「絵が仕事なんだから、なんでそんな風に考えるんですか。みんな欲しがっているんですから当然のことですよ」「じゃあまかせるから」出来てきた掲示ポスターは次のようだった。

教室20周年企画頒布会 教室を開いて20年!これだけ長い間先生にご指導いただいて生徒一同感謝しています。つきましては何かイベントをと、みなさんに相談したところ次のような企画が出来上がりました。

小杉先生の水彩スケッチを個展形式でなく、教室特別頒布会として額なし価格をつけていただきます。教室に並べますので、ご希望の方は直接先生からお求めください。会期は12月第1週教室時限り、各クラス順次とさせていただきます。頒布会発起人一同

で、思わぬ20周年企画が出現した。

2017年11月 8日 (水)

気まぐれアトリエ日記(854)・・・宝石店での個展

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パソコンのEメールを開いたらEさんからの便りが入っていた。

初めてEさんと出会ったのは私が20代後半で、浜松駅近くの田町にある友人Mさんの宝石店2階で個展をした時であった。姪が女子高美術部だったので案内葉書を渡したところ、そこの部員が学校の帰りに寄ってくれた。10数名で来てくれたので、その時にはEさんは特定出来なかった。

翌年から毎年Eさんの年賀状が届くようになった。最初の年賀状には個展の感想と、帰り道みんなで小杉さんの話で盛り上がったことなどが葉書にびっしり書かれていた。

翌年からは音大に入った話。その次の年は、まだBFができない話。卒業してからは音楽教室でピアノを教えている話。それから何年か後にはフィアンセとのツーショットが。男の子ふたりと一緒に家族でディズニーランドに行った時の写真。子供たちに手を焼きながらバイトをしている話。女子会でいろんなところへ食事に行った話など・・・Eさんの年賀状には日ごろの暮らしぶりが手にとるように書かれていた。

数年前、Eさんのご主人の関係のレストランでボジョレーヌーボーの試飲会兼食事会に招かれ、友人たちと出掛けた。その時初めてEさんとゆっくり話をした。音大生の時、美大に行った高校の同級生から裸婦デッサンに誘われドキドキした話など、酔いに任せて年賀状からはこぼれ落ちた話が楽しかった。お世話になったその時のお礼もあって私の画集を送ったところEメールが入っていたというわけである。

10月に作品集が届きました。すぐにお返事を、と思ったのですが最近すっかりスマホ人間になってしまい、パソコンに向かったら小杉さんのアドレスがわからなくなっていて最近ようやくブログからメールできることに気がつきました。

すっかり遅くなってしまいましたがありがとうございました!いつかお金持ちになったら小杉さんの作品を買って・・・と思っていましたが貧乏なまま、あと2年で夫は定年です。人生ってこんなもん?(笑

作品集、毎日眺めています。上手いこと言えませんが、小杉さんの作品やっぱり好きだなぁ~って思います。色とタッチと内に秘めたもの?やっぱり上手いこと言えませんね。すみません・・・

わたしは子育てもほぼ終わり、最近ドラムを始めました。エレクトーンよりは簡単か、と思ったのですが筋肉痛との戦いです。

85才の母と同居しています。母を見ていると思うこといっぱいあります。わたしは人生でいったら初秋かな?動けるうちは頑張ろう!と思います。わたしにまで送っていただいて本当にありがとうございました。宝物にします!

あの日の個展から長い歳月が流れていった。

2017年11月 6日 (月)

気まぐれアトリエ日記(853)・・・久しぶりの後輩

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Oさんは今
年4月に開催した教室展を観に来てくれた80代の男性である。教室に入りたいと云ったので受付のあたりでしばらく話をした。数か月して鴨江夜間の教室を訪ねてきて、奥さんも一緒に習いたいとのことだったが夜の車の運転はこわいというので昼間の半田教室はどうですかと勧めた。

ではそうしますとの返事だったが、事情で11月から取り合えずOさんのみが通うことになった。この教室にはアクリルで写実画を描くHさん、水彩画のNさん、最近このクラスに編入してきた写実油彩のSさん、抽象系油彩のKさん、Fさん、Oさんらがいる。

Oさんは写実風景画の教室に8年いたという。描写力はしっかりしているのだが「前の教室では、生徒がみんな同じような絵になってしまい、なにか物足りなかったんです。この教室は表現に幅があるなと思ったので少しでも脱皮するきっかけをつかみたかったんです」と云った。

浜松市郊外の佐鳴湖風景10号油彩を2枚持参した。部分をみると、木立ちなどよく描けているが緑色などの寒色が多くて暖色が少ない。これからは画面全体を大きく配色する造形力を磨くといいと感じた。

空と山のさかいには薄クリーム色の暖色を挟むとか、歩道に落ちた影には肌色系の日差しと灰紫系の陰の補色対比を使うとか、主観を入れた工夫を取り入れてみること。その次には省略も大事になる。すべて均一な密度では、こう表現したかったという主題に目がいかない。

最近編入してきたSさんが「ベテランですねー」と云うと「この教室には今日入ったばかりです」「大先輩かと思ったら後輩かー」と急にタメ口になり「雨の表現に白い線は要らないと思うなー」Sさんは軽妙な受け答えをする明るい人だ。私はSさんに向かって「何年かめでやっと後輩が出来たなあ」と云った。

傘を差して歩いている人が描いてあれば雨に決まっているから雨の線は要らない。その通りだ。絵は暗示なので雨の空の色を工夫するとか、感じ方を脚色する必要がある。

「5年前に個展をしたけど、もう一度挑戦してみたくなりました。88才で個展が出来るように頑張ってみます」私は「そうそう!新しい表現の工夫を観てもらおうという意気込みで取り組んでほしい。今の画風の延長上にまだまだ絵の面白さをいっぱい引き出すことが出来ますよ。具象だって抽象感覚が必要なんだから」と後押しした。


2017年11月 3日 (金)

気まぐれアトリエ日記(852)・・・案山子

スケッチ場所を求めImg_0951て山道を歩いていたら小さな棚田に出た。棚田には案山子がひとりでポツンと立っていた。なんだか不意を突かれた感じでドキッとした。へのへのもへじに手拭いのほっかむり、頭には麦わら帽子、絣模様の布切れ纏って昔ながらのスタイルである。

誰もいないところにポツンと佇む姿に驚きながら、一種の感動を覚えた。この感じはなんだろうか。能の静止にも似た静かで強い存在感からくるのか。

自分の絵について、これからどんな表現が出来るのだろうかと考えていたところだった私は、この案山子からある啓示をもらった。

ユーモラスで独りぼっちでちょっと可笑しく哀しい。見方によっては十字架上のキリストのようである。私は長い間、人間をモチーフに描いてきたが生(なま)な表現は極力避けてきた。

人間には目はふたつ、鼻はひとつ、手足は各ふたつという決まり事がある。ここが不自由なのだが、これを外すと化け物になってしまうのだ。その点案山子は自由だ。足だって一本で足りる。

先日出来た画集をめくると「町と人」シリーズは夕焼け空の下での人間模様。「カーブミラー」シリーズでは十字路の脇のカーブミラーに映った自画像。「漂流シリーズ」では小舟に乗り漂う人々。その後は抽象化がすすみ、はっきりしたモチーフは無くなったが、背後には無意識に3.11の衝撃が影響していたように思う。

案山子は田の神の化身で稲を守り、収穫が終わると山に戻ると云われている。オズの魔法使いでも案山子が登場していた。しばらく「案山子」シリーズをやってみようか。私は実は、あまり抽象的なのはとりとめがなくて苦手なのだ。俳句の兼題のようにモチーフがあれば発想の糸口から自由に展開できる気がする。

お道化たような素朴さは深刻にならないで済む。笑わせる仕事のピエロがかえって哀しみを炙り出すようなものだ。軽味、可笑しみ、なにより立派でないことが私を投影出来る気がする。

宮沢賢治「雨ニモ負ケズ」では、デクノボーと呼ばれ、ほめられもせず苦にもされず、そういうものにわたしはなりたい・・・と云っているが、あの人間観をカタチにすれば案山子になるのかも知れないなあと思いながら山道を下った。


2017年10月31日 (火)

気まぐれアトリエ日記(851)・・・竹二題

10月は雨ばかり続いてImg_0949、おまけに先週今週と台風も接近した。運よく雨間の京都スケッチ旅行から帰ってきたら坪庭の竹垣が台風で潰されていた。

もう10数年経ち、想像以上に劣化がすすんでいたのだ。すぐに庭屋とホームセンターに見積りを依頼した。ホームセンターから来た庭屋は「今では自然竹の垣根をやる家なんてありませんよ。もう竹の入手が出来ないんでねえ。人口竹ならずっと古くならないですから、そうしたらどうですかねえ」

だんだん色が変わっていくところに風合いがあるのだが、この庭屋は合理性ばかりを押し付けてくる。こんな感覚でよく庭屋をやってこれたもんだと見積りを訊かずに断った。

画家中川一政の庭に出入りしていた庭屋が「先生、竹垣が古くなったからそろそろ新しくしましょうか」と云ったら「これから味わいが増す頃じゃないか」との返事で大変恐縮したという話を読んだことがあった。結局、いつも剪定を頼んでいる庭屋に自然竹で坪庭の建仁寺垣、玄関先の金閣寺垣を頼むことにした。

久しぶりに雨があがって青空が見えてきたのでスケッチに出掛けた。山の奥まで入ると物音はしない。竹藪に囲まれた家を描く。今日は木枯らし一番が吹いて、竹藪を渡る風の音ばかりの静かな里山の秋である。

帰ってFBにスケッチを入れたらHさんから返信があった。「のどかな佇まい。シンプルな構図の為せる技でしょうか。いいですね」 私「不要だと思うものを省いていくと骨組みに詩のようなものが見えてきますね。なかなか思うようにはならないけど」

Sさん「色と線のリズムが自然の詩をつかまえたんですね」 私「捕まえようとすると逃げるんですよ。追えば逃げるってやつですかね」 Mさん「明日、明後日とスケッチ旅行です。先生のような骨組みに詩が見える絵を描きたいんですが、ついつい余分なものが見えてしまって」

私「スケッチ旅行楽しんできてね。余分なものを描かない工夫として、まず大きな形態と色面を太い筆でザックリタッチで描いたあとから、コンテかなんかで線の要素をアクセントとして入れてみる。色面と線のコラボを楽しむつもりで。そうすれば説明的にならず感じたことを表現できると思うよ。スケッチまた見せて!」

絵は省略と暗示によって自己を投影できる。全体を一息に捉えて、この風景は何を語っているのかよく対話をしてみることだと思う。竹藪を描きながら、そんなことを思った。


2017年10月26日 (木)

気まぐれアトリエ日記(850)・・・教室京都スケッチ旅行・3

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最終日は朝、ホテルに荷物を預け、タクシーに分乗して京都国立博物館へ。9時到着。9時30分開場だが、すでにチケット売り場は長蛇の列。並んでロビーで待っていると、もう後ろは1000人単位の行列になった。国宝展は朝一番で待っていないと、とんでもないことになる。

俵屋宗達の風神雷神図は、激しい筆跡と絵具の垂らし込みが迫力満点で感動した。雪舟の天橋立図、四季山水図も力強かった。知恩院の早来迎図、鎌倉時代の餓鬼草紙、法隆寺の広目天立像、空海、最澄の書、龍光院の窯変天目茶碗など数100点。人並に押されての2時間だったが、すべて国宝とはすごい企画だと思った。

隣の三十三間堂をみて鴨川べりの食堂へ。そのあと空也上人像を見たかったので、私はひとりで五条にある六波羅蜜寺へ向かって歩いた。杖をつき草履をはき念仏を唱える上人の口から六体の阿弥陀が現れたという言い伝えのままに、大変洗練された写実彫刻であった。運慶の四男康勝の作である。平清盛座像は、巷間いわれているような傲慢さはなく大変気品のある彫刻だった。

京都駅まで東山町屋の路地をゆっくり歩き、日常の中に入った。鴨川に出て遊歩道を散策。たまには無防備なひとりがいい。旅の醍醐味である。歩いていると鼻水が出てきた。昨日嵯峨野小倉山あたりで少し寒気がしたが、どうも風邪をひいたようだ。

川には鴨や鷺が流れに漂って、秋の京都を味わう。瀬音を聴きながら、この旅行が無事に終わろうとしている、しみじみとした安堵感があった。

貸切バスでなく新幹線を使ってのスケッチ旅行は初めてだったので少し不安はあったが、それぞれ京都のフリータイムを楽しんだようだ。誰がどこへいったのかは知らない。

5時にホテルに集合し荷物を受け取る予定になっていたが、みんなはやく帰ってきたので1時間前倒しの新幹線に乗って浜松に向かった。

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