2018年12月14日 (金)

気まぐれアトリエ日記(1018)・・・スマホのアプリ

Img_2566_2


6~7年前までパソコン食わず嫌いだった。生徒がパソコンの世話をしてくれなかったら今頃ブログもフェイスブックもやっていないだろう。
使っているうち、想像していたものとは違うなあと思うようになった。先日、教室忘年会で同じ部屋に泊まったAさんは私のスマホにいくつかのアプリを入れてくれた。これらはとても人間味があるのだ。

「山旅ロガー(地図ロイド)」は地図上に移動した足跡を残し、距離数、所要時間、高低差、移動時の速度を時系列で記録してくれる。山歩きに限らず、散歩やドライブなどに入れ記録すると後で参考になる。この間、知らないところに行ったら目的地がカーナビにもなく道に迷った。あとで山旅ロガーで調べると、どう迷ったかがよくわかった。

「skyマップ」は夜空にスマホをかざすと、星の名前や星座名を教えてくれる。「今日はスピカがきれいに見えるねなんて云うと、この人ロマンチストで博識なんだって思われるよ」もう、そんなこと云ってもらえる歳じゃないけど見ていると楽しい。現実に光っている星と会話できるんだから。

「フライトレーダー」は地球上を飛んでいる旅客機がライブで表示される。「空を見上げた時、今上空を飛んでる旅客機はどこから来てどこまで行くのか、どこの飛行機会社かわかるから楽しいじゃん」とAさんは云った。

羽田には旅客機が数十機、行列しながら着陸しようとしているし、ヨーロッパの上空には何百機も飛んでいる。北向きに飛んでいる一機をクリックしてみるとコースが表示される。ケープタウンからロンドンに向かう旅客機だ。高度何フィートを時速何ノットで何時に到着する便かわかる。スマホは好奇心を満たしてくれると云った意味がわかった。

「Gougle翻訳」は日本語でスマホに話しかけると世界数十か国の言葉に音声で翻訳してくれるし、文字にも変換してくれる。Aさんは去年京都スケッチ旅行の時、嵯峨野行きの電車で一緒になったスペイン娘を一日案内していたのだが、この音声アプリも利用していたんじゃないかな。

スマホにはまだ知らないアプリがいっぱい隠れているはず。もうハイテク音痴だなんていっている場合じゃないなと思った。

2018年12月13日 (木)

気まぐれアトリエ日記(1017)・・・折り梅

Img_2563


Kさんは大胆な主観色を使う女性生徒で、先日の教室では水彩紙に黒のクレパスでリズミカルな縦の線を入れ、その上に茶系、緑系、紫系などの色が纏わり美しかった。

「なにかモチーフがあるの?」と訊くと梅園の写真を取り出した。「今からこの枝に花を咲かせようと思って」とピンクの絵の具を塗り始めるところだった。

これだけ美しい画面にピンクなど入れたら折角の枝が脇役になってしまう。「枝だけでも充分表現できる。何が描いてあるか説明する必要はないよ。ここはシンプルにとどめるべきだ。この枝を更に魅力的にするにはと考えてみることだ」と私は云った。

考え込んでいる様子なので、枝の背後に無彩色の枝を入れてみた。水彩紙の白を活かすために枝の隙間の白のカタチを意識し、細かな白のカタチとたっぷりした白のスペースの対比を構築してみた。

「絵を描くことは美の秩序を工夫して構築することだよ。見落としそうな些細なモチーフから美を創造する。そこに作者の心が見える」と、ここまで云って梅園で思い出したことを話した。

Kさんがモチーフにした写真は川売(かおれ)の梅園で、新城市の山あいにある桃源郷のようなところだ。「以前、折り梅という映画の舞台になった梅園だよ。吉行和子が認知症の母親役を演じて、その行動にいら立つ嫁との間にギスギスした空気が流れる。

家族全員が暗い雰囲気になってしまったが、ある時絵画教室を紹介され母親を連れていく。一生懸命に絵を描くようになった母親は、ある展覧会で賞を貰った。「お母さんすごいねー」と褒めると、うれしそうに描く。そのことをきっかけに家族の気持ちが明るくなっていく。

認知症は相変わらずだが、夢中になることを見つけ幸せな空気の中で暮らすことが出来るようになっていった。梅の枝は折れても花が咲くそうで、折れた枝から花が咲いたところで、その映画は終わった。

ささやかな幸せ感は深く心に残るものだ。生徒はそれぞれ自分の絵画観を探って制作しているので、私は細かなことはいつの間にか云わなくなり、絵に関係のない雑談が多くなった。

2018年12月 8日 (土)

気まぐれアトリエ日記(1016)・・・こぬか雨

Img_2558


舘山寺温泉スケッチ忘年会で泊まった翌朝は今にも雨が降り出しそうな空模様だった。Iさんと一緒に昨日の入江へスケッチしに行ったが10時15分出発の遊覧船にも乗りたい。乗船時間まで、もう30分しかない。

こぬか雨が降り出した。「早描きしましょうか」本降りになる前に描き終わりたい。少し焦りながら慌ただしくコンテで線を引く。そのあと墨汁を薄く溶いて濃淡の調子をつけてみた。

細かな雨がシミをつける。偶然は天の采配だ。面白いので、しばらくそのままにして様子をみていた。こんなもんかというところでスケッチブックをしまった。

Iさんも焦って描いている様子だった。スケッチブックを覗くとスピード感のあるタッチ、簡略化したカタチに詩があり、雨の日ならではの趣きだと思った。「いいじゃないですかー!」と後ろから声をかけた。

「時間がないっていいことですねー。描いてみて初めて気がつきました」とIさんが振り返りながら云った。「車にスケッチ道具を載せておけば描きたいと思った時に短い時間でも描くことができますよ。楽しいから描く、描くと面白さを発見する。楽しいことには努力や根性はいらないですから。沢山描くと、描いた絵が教えてくれます。絵はそういった気づきの連鎖ですよ」

認められたいなどという向上心は結構なことだが、絵を楽しむという原点を忘れてはいけない。評価を気にしすぎるとそれに振り回され、描くことが苦痛になってしまう。それでは元も子もない。絵と自分をいつでもいい関係にしておくことだ。

先日あるところから「絵を企業に紹介する企画がありますので作品資料を送ってください」と云ってきた。好意で声をかけてくれたのはよくわかっている。でも私が絵に求める姿勢とは少し違う。

絵は自分と対話できる人生の友であって、仕事ではない。私にとって絵は趣味で道楽なのだ。楽しむという初心を忘れず自由に楽しく描いていければ、それ以上希むことなどなにもない。

2018年12月 6日 (木)

気まぐれアトリエ日記(1015)・・・歌い納め

Img_2557


教室一泊スケッチ忘年会で舘山寺温泉へ。午後1時30分に到着し、IさんSさんらと観光船乗り場の対岸へ行ってみた。暖かい日だが風が出てきた。足湯のそばで風を避けてスケッチをする。

ところが突風が吹いて帽子を海に飛ばされてしまった。波に流されどんどん遠ざかる。諦めてスケッチを続けていると、腕章をつけた女性が笑顔で近づいてきてスケッチを覗いた。「今日は暖かいですねー。絵描きさんですか?すごーい!子供に絵を習わせたいのでお名刺いただけますか?」

最近は名刺など持っていないのでスケッチブックに住所と名前を書いて渡すと「この横に私を描いてくださるとうれしい」と云う。どうも中国なまりだ。大草山を背景に簡単な人物クロッキーを。「うれしい!フェイスブック友達になってください」とツーショットを要求する。

フェイスブックを開くと、中国でアナウンサーをしていた女性で、現在浜松で中国語講座をしている。自然体の笑顔につられ、ついついスケッチタイムをとられてしまった。浜松市の委託で、中国人観光客に舘山寺温泉の印象の聞き取り調査をしているとのことだった。近くでスケッチをしていたIさんに訊くと「さっき先生のこと尋ねられたので随分持ち上げておきましたよ」と云った。「道理で、なんだろうと思っちゃったよ」と私。

ホテルに戻り、沈む夕日を眺めながら屋上露天風呂へIさんと入った。6時30分から宴会。新しい生徒を紹介しながら少し話をした。教室忘年会も20年目を迎えた。今年はOさんの姿がないのが寂しいが、病気をおして教室に通い、最後まで進化し続けた人生を振り返った。

カラオケ大会ではNさんの美しい歌声、井上さん93才の熱唱が続いた。最後に井上さんから「これが歌い納めです。先生に捧げる一曲を歌わせていただきたい」と云った。小金沢昇司の「ありがとう・・・感謝」という歌だそうで。

「言い尽くせない ありがとう こうして絵を描き 夢を紡いでこられたのは あなたがいたから いつも見ていてくれたから 新しい時代(とき)が来たというけど 寂しい心は 変わらない これからも歩いてゆける気がするのは  勇気をくれたあなたがいたから・・・

歌い終わり、握手したツーショットをとの生徒の声でステージ上に。笑っていたのだが途中で涙顔になってしまって失態、まいったまいった。「また泣いたー」と云っている声が聞こえた。その夜は井上さんとIさん、Aさんと私で枕を並べて寝た。いろんな思い出がよぎって、なかなか寝つけなかった。

翌朝は遊覧船で浜名湖を周遊。カモメが手に持った煎餅を咥えようとするが逆風でなかなかうまくいかない。空中に放り投げると上手にキャッチして可愛かった。

2018年12月 4日 (火)

気まぐれアトリエ日記(1014)・・・なんとなくという感覚

Img_2343


絵を描く時、色とカタチを同時に考えることはどうも苦手で、簡単ではないなあといつも思う。私が一番興味があるのはカタチである。

シンプルなカタチにはインパクトがあり憧れる。しかしスッキリさせることは容易ではない。センスよく見えるが人間味がなくなりかねない。

カタチで一番大切にしたいのは、ヘンなところも曝した裸の私を投影することだ。そうは思うのだがなかなか思うようにはいかない。

私を絵へと突き動かすものはなんだろうか。確固たる信念など持ち合わせない。うごめく気配やカタチを求めて、とりとめもなく鉛筆を動かしてみると、わかるようなわからないような頼りない気分になる。

具象、抽象のように、はっきり分けるつもりはない。自分の見たもの、感じたことを無自覚な筆の動きによって再構築してみる。

自然の再現でもないし、かといって作り事や空想でもないカタチ。モノはカタチの説明を押し付けてくるので、ここからは自由に開放されたい。具体的なモノに触発されて暗示のカタチになっていくことを目指したい。

無自覚のうちに私のカタチは、ある秩序を持ち始めてくれたらと思う。滲み出てきてこその個性だからアタマでは作れない。想いや信条などより奥に潜んでいる自分を掘り起こしたい。そんなことを思いながら、来年1月の玉庵個展に向けて油彩小品を20枚ほど制作したのだが納得してはいない。更に手を入れ続けることになるだろう。

新聞を読んでいたら画家野見山暁治97才の文章に目がとまった。

自分の絵を愛したい気持ちで見ていると、第三者に見えないものがはっきり見える。自分の生み出したものに人は敏感なんだ。何を考えて描いているか言葉では説明できないが、こうしたいという漠然とした気持ちに突き動かされて作品に向かっている。絵描きにはなんとなくという感覚が重要だと思う。

私は絵を描く気分はそれでいいんだよなと肩の力が抜けて少し楽になり、気を取り直してまたキャンバスに向かった。

2018年12月 1日 (土)

気まぐれアトリエ日記(1013)・・・レイラ

Img_2337


生徒のOさんNさん夫妻に誘われ、アクトシティ中ホールにコンサートを聴きに行った。Oさん夫妻はカミさんの友人で、もう40年来の付き合いである。コンサートは浜松ブラスバンド定期演奏会2018で、それにレイラがゲスト出演するという。

Nさんの姪のYちゃんは、東京で英語学校をしているイギリス人のリッチと結婚し、双子の赤ちゃんが産まれた。男の子ジョシアと女の子レイラである。

母親の実家、浜松へはよく里帰りした。ジョシアとレイラは、いつもお揃いの服を着ていて、みんなが振り返るほどの可愛さだった。

幼いレイラは歌が上手であった。みんなで拍手をすると楽屋風にしたカーテンから出入りし、よろこんで何曲も歌った。父親のリッチは手品が上手で、みんなを楽しませてくれた。

小学校高学年になったレイラはOさん夫妻らと一緒に我が家を訪ねてきたこともあったが、15才で父親の故郷イギリスへ渡った。イギリスで歌手活動をしていることはNさんから聞いて知っていたし、CDを貰って聴いたこともある。

現在はイギリス各地でピアノの弾き語りライブを中心に活動しているという。ステージのレイラはすっかりエレガントな大人の女性で、イギリスの歌手レイラ・フェイになっていた。

透き通るような歌声で観衆を魅了したが、微笑むと子供の頃の面影がまだ宿っていた。ブラスバンドの演奏に合わせ3曲を熱唱。第2部ではピアノの弾き語りで2曲、計5曲を歌った。浜松ブラスバンドはウエストサイドストーリーやバーバラ・ストライザンドのエバーグリーンなどパワフルな演奏で楽しかった。

コンサートが終わって楽屋から出てきたレイラに「ミヨちゃんとヨンヨンおぼえてる?」と訊くと「うん、わかる」とにっこり、昔のレイラに戻り「このコンサートのためにダイエットしてたから、美味しいものいっぱい食べたい」と笑った。

Leila Fayで検索するとライブの歌声が流れています。

2018年11月29日 (木)

気まぐれアトリエ日記(1012)・・・また泣くー

Img_2331


都田教室の男性生徒Mさんからメールが入った。山梨の弟が倒れたので教室お休みしますとのことだった。

Mさんは韮崎のぶどう農家に生まれたが、実家は弟にまかせT大工学部からY発動機に入社した。私が、浜松市の講座「都田の自然を描く」スケッチ講座を担当した時に参加してきた。Mさんは多分退職直後だったと思う。

ボートの設計と完成予想図を手掛けていたとのことで、風景スケッチも当初から上手だった。鉛筆の線にリズムがあり、水彩の筆捌きはデッサンのように軽やかだった。

メールがあった後、しばらくして我が家を訪ねてきたMさんは少しやつれた顔をしていた。「弟は亡くなりました。ぶどう畑で働いている時に脳梗塞で倒れ、3日目に息を引き取りました。まだ72才で先立たれショックです。あとのことなど相談しなければいけないので・・・長いことお世話になりましたが卒業させてもらいたいと思って」「それは大変なことでしたねえ。こちらこそ長い間本当にありがとうございました。Mさんも体に気をつけてください」

次の教室でMさんからいただいた菓子を配りながら、その話をした。「18年前に、この教室の前身であった市の講座に入会してきて、暑い日も寒い日も一緒に頑張ってきたから思い出もいっぱいある。まだ始めた頃、大王崎スケッチに行った時には、途中から雨になってしまったがMさんは傘をさして描いていた。これは逃げ出せないと一緒に描いた。宿に戻ってその話をしたら、先生がやめないのに生徒がやめるわけにはいかなかったと云った。

白馬栂池高原スケッチでは霧が襲いかかってスケッチブックを濡らした。終わったあと振り返ると、Mさんはみんなが落としたベンチの絵具をひとり黙々と拭き取っていた。

ある年の年賀状に「退職後、よるべない気持でいたところ、この教室と出会い退職後に据えるべき心の柱となるものを見つけられた気がしてうれしかったです」と書いてあった。

ここまで話して「見ず知らずで出会って18年、Mさんはまた知らないところに行ってしまった」と思わず言葉を詰まらせると、すかさず女性生徒のTさんが「また泣くー、男のくせに。ったく泣き虫でしょうがない先生だねー」と云ったので、みんなで吹き出してしまい「さあスケッチに行こうか!」とみんな一緒に公民館を出発した。

Mさんは日帰りバススケッチツアー「青空スケッチ倶楽部」の講師は続けるそうなので、いつまでも元気に頑張ってほしい。

2018年11月26日 (月)

気まぐれアトリエ日記(1011)・・・セオリーを外れる

Img_2329


11月25日は久しぶりのオープン教室で福田港をスケッチ。車3台に分乗して16名、現地集合3名が参加。帰ってからFBにスケッチをアップ、コメントをつけた。

〈私〉 生徒達と福田港をスケッチしました。穏やかな秋の一日でした。お昼は渚の交流館という町営の複合食堂で。マグロ丼が美味しかった。午後3時に終了。風が出てきたのでスケッチ鑑賞会は食堂の邪魔にならないスペースを使わせてもらいたいと事務所にお願いしたら断られた。仕方なく外壁を使って鑑賞会をしていたら、やかましくて事務が出来ないからやめてほしいといわれ終了した。

〈松井クン〉 マグロ丼おいしそう。まてよ、福田はシラスが美味いんじゃないの?外だと風邪ひくで中でやりたい気持ちよくわかる。ひょっとして町役場が胴元なら経営理念は客目線じゃねえな。

〈私〉 町営らしいよ。最近はお役所も随分庶民目線になったけどなあ。お店の人なら、そんなこと云わないよ。

〈松井クン〉 だよね。道理で商売センスがまるでない。ところでスケッチ見ると漁船を省略することで遠近、主役脇役がこんなにもはっきりわかるのかと感じた。主役は誰か、をはっきりさせる。これからのスケッチの指針になるよ。

〈kaoruさん〉とても勉強になりました。私はどうしてもすべてを描いてしまい、しかも描きすぎるから汚くなります。

〈私〉 描きすぎたら洗い流して減らします。水彩紙にジェッソを塗っておけば引き算も出来るというわけです。

〈松井クン〉 水彩でもジェッソ使えるのかあ。 〈kaoruさん〉透明水彩でメディムがあるのは知っていましたが、ジェッソはアクリル系ですよね・・・ 〈私〉 セオリーを否定してみると面白いですよ。この場合は染みこみません。色々試すと発見があります。

〈松井クン〉 わしもやってみよっと。理論には絶対がないと感じる。 〈私〉 理論のあとばかり歩かない。自分の歩いたあとに理論は出来る。ただし実験は失敗を旨とすべし だね。 〈松井クン〉 理論のあとを歩くなら参考書の答え丸写しでも通る。状況が変わると切り替えられない。試行錯誤も指導のひとつ。緊張感より、もうひと工夫楽しんで描くこともわしの課題だよ。〈kaoruさん〉 私もいろいろ試してみたいと思います。

2018年11月22日 (木)

気まぐれアトリエ日記(1010)・・・日残りて

Img_2228


奈良のTさんに三ケ日みかんを送ったら電話があった。「すごく甘いですー」「おいしいみかんを作る農家から仕入れているので間違いないよ。自信ある」

「ところでセンセが描きはった大きな絵はどないしてますのん。前から一度訊きたい思うてました。たまると始末に負えませんなー」「うーん、いずれは処分することになるだろうけど.。物置はいっぱいだし、名案など無いねえ」

それを考えると、たしかに空しくなる。友人のHさんから「観光ホテルHが、寄贈してくれれば一括して展示すると云っている」という話をもってきたが、失礼ながら万一倒産でもしたら建物もろともブルドーザーで踏みつぶされる映像が脳裏に浮かび、丁重にお断りした。

この発想は、どうも暗くなっていけない。考え方の目線を他に持っていくしか手はないか。生きているうちに、どこまで自分の絵で夢を見られるかという一点に興味をもつことだ。

若い頃、名古屋の辻先生から「人の評価に振り回されず、子供を可愛がる親のように無償の愛で絵に向き合え。親の愛に打算はない。ああ絵があってよかったと思えるような生き方を探れ」と云われた。この延長上には絵を処分するまでの心構えも入っているように思う。

藤沢周平の清左衛門残日録の書き出しはこうなっている。「日残りて昏るるに未だ遠し」他人事だと思っていたら、これは切実に今の自分のことではないか!藤沢周平の云いたかった「残日」とは、ただ残された日々のことではなく、残された命をいとおしみ力を尽くす日々のことだと思う。

室町、閑吟集には「一期は夢よ ただ狂え」がある。この時代には底流に不思議な無常観があり、なんだよまじめくさって、人生なんぞは夢まぼろし、狂え狂えと謡っている。我を忘れてなにかに没頭することで、この無常観には前向きに居直る力が宿ってくる。

2018年11月21日 (水)

気まぐれアトリエ日記(1009)・・・みかん

Img_2320_2








教室の時間中に宅急便が届いた。来年秋に個展をする予定で額を注文してあったのでそれが届いたと思ったが、それにしては箱が薄いなあと思いながら受け取り、アトリエに戻った。

教室が終わってから梱包を解くと油彩額が出てきた。あれっと思いながら取り出すと畑中さんの作品だった。15号に立派な額がついている。

9月に銀座8丁目のギャラリー風で個展をした時、畑中さんは3丁目のゆう画廊で個展をしていて、私の個展に数度立ち寄ってくれた、「どう?」「いやー開店休業ですよ」畑中さんが来るのはいつも午前中だったので来客は少なかった。「僕も画廊でビールばっかり飲んでいて、昼間から居酒屋状態だよ」と云って笑った。

個展も終わりに近い頃、ギャラリー風の井上さんから「畑中先生が作品を交換したいって云ってましたよ」「本当に?」と思わず訊き返してしまった。彼は評価の高い具象作家である。私は一番気に入っている油彩15号を井上さんに託してきた。

届いた作品は横顔の男がスケッチブックを持っている絵で、深々とした色調の素晴らしいものだった。マチエールや細部の線描は、さすがの描写力だ。私の絵は額装もしてなかったのでいささか恐縮した。

届いたお礼の手紙を出そうと思ったが、そうだ一緒に浜名湖の秋の味覚、三ケ日みかんを送ろうと、翌朝知り合いのみかん農家のIさんに、夕方もらいに行くから詰めておいてと頼んだ。

三ケ日には少し早く着いてしまった。まだみかん山から戻っていないようなので黄昏てゆく集落を1枚スケッチ。物音ひとつしない静かな山里の秋だった。

Iさんは素朴でやさしい人だ。「柿好き?」と訊いて段ボール箱にいっぱい入れてくれ「ニラ好き?」と云って、また取りに行った。

帰り道、みかん山を抜ける道からは遥か眼下に奥浜名湖が見渡せ、湖畔の家々に灯りが点った景色は心に沁みる美しさで、しばし車を停めて眺めた。

«気まぐれアトリエ日記(1008)・・・竣介の透明感