2018年8月20日 (月)

気まぐれアトリエ日記(963)・・・昔の夜間教室

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生徒のTさんから電話があった。TさんはS学苑で水彩画講師をしていたことがある。「水彩画を学びたいと電話をもらったんですが、今はやっていないので先生を紹介しておきました。W町で書道教室をしているYさんって云ってました」
その人なら知っている。17~18年前、短い期間だったが鴨江教室に通っていたことがある。いつも和服姿の女性だった。

あの頃の鴨江教室夜間部は昼間仕事をしている女性ばかりで、狭い部屋にひしめき合っていた。洋裁をしているYさん、保母さんで独身のKさん、事務員のAさん、その友人のIさん、介護施設で働くSさんとMさん、画材店で働くNさん、美容師のMさんなどである。それぞれの都合でもう退会した人も多いが、懐かしい顔ぶれだ。絵を描きながら昼間にあった話で盛り上がった。もうふた昔も前の話で時効ということにしてもらい、思い出しながら一部を記してみる。

陽気で物事に拘らないIさんがご主人の話をした。ある日、彼女がいるらしいことを嗅ぎつけた。その女がある売店にいることがわかり、見にいったのだが帰ってきてプンプン怒っている。「だって私よりブスなんだもん。なんであんな女がいいんだ!」

Aさんのダンナはしょっちゅう飲み屋で午前様。帰ってきて「さあ風呂に入るか」とズボンを脱ぐとパンツの向きが・・・それを見た娘さんは「お父さん、子供連れてきたって家入れないからね」と云ったそうな。ある日、その飲み屋の女将が魚を持って台所で三枚におろし始め、私をお手伝いさんのように使ったと苦笑い。

保母のKさんに彼氏が出来たらしいと云う。みんな口を揃えて「彼氏が出来たらもう絵に勝ち目などないねー」その言葉通り教室を去っていってしまった。

みんな若くて元気がよかった。思い起こすと、こんな話が次々芋づる式に浮かんでくる。過ぎてみると夢の跡のようだ。みんなで教室の時間を使って映画に行ったり焼き肉屋に行ったり花火見物にも行った。あの頃は教室以外の付き合いのほうが多かった気がする。

職場を離れた付き合いは無防備で、素の自分を平気でさらせる仲間だった。今でも付き合いが切れたわけではなく、会えばその当時のままの話っぷりで、みんな私を先生などという距離感でみてはいないのだ。

教室に入りたいと半田教室に訪ねてきたYさんとも18年ぶりだったが、不思議なことに私を見ても覚えていないという顔つきであった。私も年をとったということか。

2018年8月19日 (日)

気まぐれアトリエ日記(962)・・・足元を見よ

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先月教室に入ったMさんは物静かな女性だ。スケッチブックを開くと黒のインクにペンで、いきなり描き始めた。自由でのびやかなタッチである。

遠くに山並みがあり、その手前に棚田がひろがっている。田植え時分の風景画かと思いきや、下半分にはハサミを振りかざしたザリガニが怪獣のように立ち上がった。横にはサワガニが泡を吹いてブツブツ云っている。カエルも勢いよくジャンプし、静かな棚田が一変した。

俳句では、大景を詠む時はまず足元を見よといわれている。大きな景色は漠然として掴まえどころがないから、どうしても観念的になりやすい。そこで具体的なものを自分の詩情、視点で見つける必要がある。

山口青邨に たんぽぽや 長江濁る とこしなへ の句があるが、点景として小さなものを選び、大きなものと取り合わせることで空間の大きさ、時間的な長さの対比が出来る。飯田蛇笏の句 芋の露 連山影を 正しうす も思い出した。

Mさんは赤、緑、黄、青などの鮮やかな色を踊るように置き、生命力のある絵に仕上げた。アドバイスをというのでハタと迷った。彼女はこの表現に対し更に「何か」を求めて私の教室にやってきた。

「主役は生き物たちだと思うから背後の山はシルエットにし空は茜色、棚田の半分は黄昏で隠してしまえば描きたいことがはっきりすると思う」と云ってみた。引き算により余分なものは見せない工夫をし3メートルばかり離してみたら「面白くなりました」と笑った。

もう一枚描いてきた絵はリオのカーニバルだった。「浜松駅前で本場の踊りを見たんです」これも、はみださんばかりの色の氾濫で、棟方志功ばりの半抽象画だった。

「Mさんって本当はやんちゃな人なの?」と訊くと、恥ずかしそうに「いえ、引っ込み思案です」絵は見た目の作者と表現とにギャップのあるところが面白い。

真面目そうな顔してそう云ったMさんを見ながら、私は思わず吹き出しそうになった。

2018年8月15日 (水)

気まぐれアトリエ日記(961)・・・玉庵

先月、浜松美術協Img_1825会の世話役で一緒だった和紙造形作家のMさんから「常設ギャラリーを開いたので油彩作品を3点ほど貸してほしい」という電話があった。

作品を預けるために場所を訊くと、私の教室がある根上り松の近くで、玉庵という名前だという。訪ねると、こじんまりしたギャラリーには10数名の作品が展示されていた。そのMさんから昨日手紙が届いた。

「ギャラリーをオープンして3カ月が経ちました。まだまだ知れわたるまでには至りませんが、のんびり進んでいきたいと思っています。この度、紹介を兼ねたパンフレットを作成するにあたり、少し質問をさせていただきたくペンをとりました。ご協力いただけたらうれしいです」

〈絵画を始められた動機は〉 ある雑誌に行動美術の紹介があり「それぞれ自分の求める絵画世界を追及するプロ集団。売ることには拘らないので貧乏画家が多い」と書かれていました。記者の個人的な想いが含まれた記事だとは思いましたが、直後に画材店で作品募集ポスターを見つけ、よし!この仲間に入ろうと思い出品しました。

〈そのことにより人生がどう変化しましたか〉 20代からグラフィックデザイナーをしながら行動展に出品していましたが50才を機に絵画教室を開設し、絵を描く生活を始め現在に至っています。

〈最初の想いから現在に至るまでの心の変化はどうでしたか〉 デザイナー時代には自由な表現が出来る絵画表現に惹かれていましたが、絵画制作一本になってからは描写力以上にデザイン力、発想力が大切だと思うようになりました。

〈現在の手法を選んだ理由と、その手法で得られた想いは〉 油彩はキャンバスに何度でも挑戦できます。腕で思考すれば、想定しなかった思いがけない発見もあり、どこが完成かわからないいつまででも手を入れられる未完成な絵を理想に制作したいと思っています。

〈これから表現したい対象、想いとは〉 気楽な落書き気分で、絵の具が自分を超えてなにかを語ってくれたらいいなという単純な動機で絵画制作を楽しんでいきたいと思っています。

2018年8月13日 (月)

気まぐれアトリエ日記(960)・・・未完成

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数か月前に150号を描いて、まあこんなもんだろうと物置にしまい込んでおいた。取り敢えず出品の予定はない。9月の個展作品も出来たし、今のところ制作に追われることもない。

少し余裕ができたら、その150号に手を入れたくなった。描いていた時は調和、完成を求めていたくせになんだか破綻が欲しくなったのだ。

私はどうも壁をノックしている時が一番好きで、適度のストレスが必要なのだ。もう完成にしようと思った瞬間から、その絵には興味を失って過去の遺物と化す。

私にとって「美」とは手探りで挑戦している状態に宿る虹みたいなもんだ。掴んだと思っても、いつの間にか逃げていく。未完成のまま、どうしようかと考えている時が一番楽しい。

オレってなにを表現したがっているのだろうと思う。とりとめもなく収拾のつかないもの、不思議さ?ゴッホじゃないけど生きることへのもの狂おしさ?ちょっとカッコつけすぎた。

行動展に出品している生徒のKさんは、いつもじっくり画面構成をし、美しい配色の抽象画を制作している。でもどこか物足りなさを感じるのは、私が制作過程で壁にぶつかる心理とよく似ている気がする。もっと自分の絵を否定するような破綻が欲しい。

「自分の表現を裏切ってみたら?」とアドバイスしたら「その言葉ってヒントになります。なにか出来そうな気がする」と云った。

抽象画を描いているSさんも調和のとれた知的な配色で美しく、喉ごしがいい。だがもっと簡単に飲み込めないなにかがあったら更に強い美しさになるだろう。「もっと違和感が欲しい」と云ってみた。そんなこんなで挑戦して最近更に面白くなってきた。

人は必ずしも作品を完成させるためだけに描いてはいない。未完成な発展途上の美もある。絵は手に負えないじゃじゃ馬のようなものだ。いつか人生が過ぎ去ろうとする時、私の掴みたかった「美」は、遥かに遠く逃げてしまった手なずけられない相棒みたいで、そんなところがまあ面白かったんだと思うだろう。

2018年8月11日 (土)

気まぐれアトリエ日記(959)・・・羊の肉

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松井クンはこの夏、生まれ育った地、北海道美深町ふるさと検定問題集をせっせと作り、7月美深町に飛んだ。彼は何事にも目いっぱい取り組む熱い男である。

この問題集にはふるさとへの愛がぎっしり詰まっていたようで地元新聞社のインタビューにこたえる松井クンの姿も大きく載っていた。

その後FBを見ると「今日、北海道から帰らないといけない。つらい」浜松に戻ってから「発汗が止まってしまった」「まともに言葉が出ません」しばらくして「失語症です。できることは絵を描くこと・・・」などと続いた。

〈私〉 油彩0号を9枚連作してアップ。こう暑くちゃ野外スケッチにも出掛けられない。コツコツ描いてたら、こんなん出ました。

〈松井クン〉 わしも連作を50号パネルにして、2才児の北海道にいた時の自分に戻る。誰でも0才からスタートするだで原点回帰する。 〈私〉ようさ面白そー!描いてみな。

〈松井クン〉 画用紙だと足らんで、今日足立大怪獣じゃねー、大親分とこ行った帰りに100円ショップでスケッチブック買って作ってみる。大親分とこにわしのふるさと美深町のおくりものを置きにいく。 〈私〉 思いっきり絵で暴れてみ!

〈松井クン〉 足立大親分とこ行ってきた~。羊の肉を、ふるさとからのおくりものだって筆談したら、めちゃめちゃよろこんでくれた。大親分は肉好きだで塩胡椒で味付けすると美味しいにって筆談で伝えておいた。

〈私〉 大親分は怒る時はスゲーコワイけど、好きな絵にはカッコつけずよろこんでくれる。裏表がなくて、こういうひとオレは好きだなー。ようさ親分孝行したなー。

〈松井クン〉 大親分は怒らすと、どっ怖えけど、裏返すとしっかりせよ!という意味で色々教えてくれる。〈私〉 本気でもの云って体ごとぶつかってきてくれる先生や先輩はありがたい存在だよなー。

〈松井クン〉 わしも声出して会話するの出来なくなってるで、まさか自分の教え子がこうなってるとは思われたくなかっただん、美深町産羊肉は大親分に食べてもらいたい、ふるさとの味を届けたいって思いがあったもんで・・・親分は、まずゆっくり気持ちの膿をどんな形でもいいから出し切ってゆっくりせよと指示してくれた。

〈私〉 この暑さと心の負荷からきてることだから焦らずいれば必ず治る。絵は描けるんだから、この際何もかも忘れて、めいっぱい描いてみな!

2018年8月 8日 (水)

気まぐれアトリエ日記(958)・・・ひぐらし

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都田スケッチ教室では毎年、仙厳の滝へスケッチに行く。フルーツパーク下の都田川を車で5~6分ほど遡ると小さな滝に出る。今年は暑すぎてまだ行っていないが、毎年
若者たちが滝つぼに飛び込んでいたり、キャンプをしていたり・・・自衛隊が野営訓練をしていた年もあった。

8月も終わりに近づく夕方、スケッチを追えるとひぐらしがカナカナ・・・と鳴きだす。今年もあの声を聴きたい。一斉に鳴いていた蝉たちも静かになると、ひぐらしの出番、過ぎゆく季節の味わいである。もののあわれ。

今年はサッカーでもサムライジャパンにこぞって声援を送った。不思議なことに日本人は絶対的に強いものには「サムライ」の称号をつけない。もののあわれに欠けるからであろう。

負けることを覚悟で精一杯戦ったものにのみ、この冠をつける。サンプル採取の使命を果たし、オーストラリアの上空で燃え尽きた小惑星探査機ハヤブサにも、みんなサムライの美しさを感じたのではないだろうか。

昨今のオエライさん方を見ていると、役人が息子を裏口から医大に合格依頼をしたとか、アメフト部の不祥事になんの対応もせず逃げまくって収まるのをひたすら待つしかなかった理事長の姿。

アマチュアボクシング会長が自分の都合のいい判定を強要し、したことへの反省もなく、自分は特別な存在なのだと、酔ったような英雄気どりの恥かしい妄言を繰り返している姿などは「サムライ」「武士道」の国が持っていた潔さ、もののあわれなど、どこへ行ってしまったのかと思う。男らしさってなんやねん?この国の為政者もまた似たようなものである。

私のようなものが上から目線で云うのは憚られるし、自分を棚にあげてきれいごとなんぞ云いたくないけどさ、人は騙せても自分は騙せないという「美意識」は生きるうえで最も大切な指針でなければならないよ。「美」はそのためにある。こんなセコい連中はごく一部であることもわかっている。が、情けない。

ひぐらしの声を聴いた時に感じる「もののあわれ」は、幕末維新これからの日本の在り方に命がけで散っていった若者たちの、もののふの道を思い起こさせ、彼等に対してこれからの日本人の生き方とは・・・を意識せずにはおれない。

ひぐらしや 暮れゆくまでの 山の道

2018年8月 5日 (日)

気まぐれアトリエ日記(957)・・・ひまわり

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去年、お隣からもらってきてモチーフにしたひまわりが枯れたので、庭の隅に捨てておいたら種から大輪が一本咲いた。今年も隣の畑から5~6本貰いにいくつもりで様子を見ていた。

花が上を向いて咲いているうちは遠慮し、俯いて花びらが少々残っている頃に貰いに行く。例年なら、まだ咲き誇っているのだが、今年は台風で折れたりして寂しい感じで俯いてしまっている。「ひまわり貰いにきたー」と玄関で云うと「全部持ってっていいからねー」そんなには要らない。

お隣のOさんが4月の教室展に娘さんと一緒に来てくれた折「いつもひまわりでお世話になっているから」と私の本、アトリエ指導・ろ・もどろを進呈した。

「カミさんもオレも、もう2回通り読み返したよ。Yちゃんが絵の教室やっていても、中の様子まではわからなかったけど、この本で手にとるようにわかって面白かった」「こんな近くに愛読者がいるとはねー。じゃあひまわり貰ってくね」

鎌で刈ろうとしても硬くて太くて簡単には切れない。倒れかかると花の重さに驚く。この花を支えるにはこの幹が必要なんだなあと改めて感心する。

5本ほど傘立てに活けたが、頭が重くて倒れてしまう。傘立ての中にレンガを3枚入れ、ロープで幹を固定し、やっと立った。2メートルほどの高さになる。

生徒たちはひまわりを描くのが好きだ。この姿はまるで自画像みたいだと云った生徒もいた。まっすぐに天を見上げているひまわりよりも、俯いているほうが人間臭くて面白い。私も10年くらい前まではよく描いた。久しぶりにまた描いてみよう。

汗びっしょりかいて、ひまわりはアトリエに収まった。今年はみんなどんなひまわりを描くのだろうか。

うなだれし ひまわり請うて 画材とす  ひまわりの 花の重さよ 幹太く  ひまわりを 自画像の如く 描くシルバー   〈イオンモールにて〉 ソーダ水を 置いて無言の スマホペア

2018年8月 3日 (金)

気まぐれアトリエ日記(956)・・・素人俳句

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この暑さでは野外スケッチなど出来ないので、片付けをしようと整理していたら水彩スケッチが出てきた。FBにアップし、ついでに素人俳句をつけてみることにした。

俳句は「これ見つけた!」と指差してやることだと思う。心情を託すスペースなどない。絵も簡潔な表現を求めてはいるのだが、なかなかうまくいかない。表現の火種と、それを明快にする省略には共通項がありそうだ。今までも時々頭の中で作っては消えていった。

冬、山中でスケッチしていたら鉄砲が鳴り響いた。多分、猪狩りだな。〈山のスケッチ〉 寒夕焼け 谷に猪(しし)撃つ 音ひとつ 義弟が鮎を持ってきた。〈渓流のスケッチ〉 鮎を手に 川の匂いで 訪ね来し 〈涼しいイオンモールを散歩〉 ソーダ飲む 破れジーンズの 白き膝 〈蛍のスケッチ〉 蛍火の 舞えば闇より 人の声

〈橋のスケッチ〉 遠花火 ふたり さんにん 橋の上 これにコメントが 〈松井クン〉北海道美深町で打ち上げた花火は1500発、これがその時のだよ。(と写真添付) 〈私〉 ふるさとは 遥かに遠く 咲く花火 

〈折金さん〉 捜さないでください。必ず帰ってきますから、といって消えてしまった女房。橋の上で待つ男。あれから3年・・・橋と駅は似ていますね。出逢いと別れと再会の場。この秋から藤沢周平の講座を持ちます。

〈山のスケッチ〉 やまびこに 父の声きく 夏の暮れ 〈松井クン〉 今は母に置き換えたい。 〈私〉 もう半世紀も前に逝ってしまったオヤジ。おれの山河となって声が聞こえてくる気がする時がある。風となって頬も撫でるよ。〈松井クン〉 わしも、今でもお母さんと銀河鉄道の無線機で会話してる。夜空を見上げると聞こえる。わしは本当にふるさとといえる場所が美深町だもん。お母さんの心のような美深町を魂の拠り所にしてなかったら、今こうして生きてない。

〈私〉 カタチないものも自分を支えてくれてるよ。〈松井クン〉 心の拠り所は美深町。もっとこんなわしを役立ててもらい、みんなにも助けられている自分になりたい。〈私〉 ようちゃんは必要とされている、これがようちゃんを支える足場だ。人間はけっこう社会的な生き物だからなあ。

2018年7月31日 (火)

気まぐれアトリエ日記(955)・・・せっかち

明日から8月、多忙な秋のImg_1805部が始まる。行動展出品者による合評会も日曜日に終わった。力作ぞろいだったが、熱を帯びるとつい辛口になり反省。冷たく云ったりはしないが、伸びてほしいと思うあまりのことなのでお許しいただきたい。

教室スケッチ旅行は10月末に新幹線を使って京都2泊3日のスケジュールをたてたので8月から募集をかける。

9月10日から15日まで銀座ギャラリー風で私の個展がある。行動展の審査2日目が終わってから展示に行く。浜松会員のMさん、Fさん、新会員のFさんらに手伝ってもらうよう合評会の時にお願いしておいた。

作品は出来るだけ軽くしようと、額装はやめることにした。30号50号を中心に30数点、昨日梱包をして宅急便に出せるよう準備を済ませた。

案内DMも東京近郊の知り合いや行動関係者に郵送するよう250枚ほど宛名を書き上げたところに行動展の案内DMが届いた。ありゃー、一緒に出すよう封筒に入れ替えまた宛名を書き直した。

そんなこんなの用事をしていたら美術の窓社編集部Sさんから電話があった。「個展DM届きました。9月号4分の1ページに個展案内を出しませんか」「無料?」「有料になりますけど」「無料欄に載せてくれればいいよ」「そこはいっぱいになっていまして・・・プレビューページに掲載していただければ展覧会情報ページにも4分の1ページ用意させていただきます。両方載せてこの価格でどうでしょう?」ふーん、なかなか商売上手だ。

「それじゃあ頼むかなー・・・」東京には知人が少ないから宣伝しておいたほうがいい。「情報欄にはDMの作品30号3枚の連作を使って、プレビューページには別の作品を載せたいのでパソコンからデータで送ってください」「そんな芸当出来ねーよ。撮ってプリント送るから」

梱包した50号ふた包みを解いて写真を撮った。エアマットの上の包装紙はビリビリになってしまった。なんでも早めに用事を片付けるせっかちな性分なのでDM宛名書きと梱包をいちからやり直すことになってしまった。


2018年7月28日 (土)

気まぐれアトリエ日記(954)・・・砂を吐く

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妹がお盆に来て、オフクロの仏壇に手を合わせたあとポツンとひとこと。「お兄さんのブログに出てくる人って、いい人ばっかりだね」褒められたのか、けなされたのか、どっちだ?

ブログという性質上、あまりキワドイことは書けないということもあるが、まわりにいる人達は基本的にはみんないい人ばかりだと思っている。

以前、文化功労章だかの授賞式で、船村徹は「みなさんの心を癒やす曲をつくりたい」と云ったが、直後に曽野綾子は「人間の悪という悪を暴いて、人間とは何かを書きまくりたい」と大見得をきった。

誰でも悪人になりうる。人間の心は善悪紙一重の危ういものだ。オウムの死刑囚が書いた手記の一部を読んだのだが、初めから悪を企てたのではない。純粋で真面目な求道者だった彼等は間違った教えを信じ込み、洗脳されてしまった、まことに気の毒な青年たちなのだ。

教祖の呪縛から解かれた時「本当に取り返しのつかないことをしてしまった。命で償うしかお詫びのしようがない」と書いている。これが人間の心の奥にある不思議な危うさだ。

義姉の句に 寒しじみ この世に残す 砂を吐く というのを見つけた。自分はまだまだ心の奥の砂を吐いていない。

もともと斜交いにモノを見るクセはある。もっと自分を曝すならウソが書ける小説というカタチだってあるじゃないかと思った。きれいなものを単純にきれいに描きたい方ではない。むしろきれいでもないところから美をみつけたいと思う屈折した性分だ。

フィクションを書くことは私が具象絵画から抽象絵画へと傾いていった心のからくりに似ているかも知れない。現実には存在しないカタチを紡ぎ出そうとする行為だから。

ブログは日常をメモしておく日記のようなものだからこれからも続けたい。一方、虚構で本質に迫る手法が小説というものだ。まだ書いたことないけど、構想からじっくり練って時間かけて挑戦してみたい。仮に書けたとしても多分活字にすることはなく、砂を吐いたら満足して、抽斗の奥にしまったままにすると思う。

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