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2019年6月27日 (木)

気まぐれアトリエ日記(1095)・・・描写から造形へ

Img_3472 教室を訪ねてくる人の多くは、モチーフを再現できる描写力をつけたいと云う。それを指導する前に、絵は下手でいいとか自由に描けばいいなどと云っても納得はしない。

鉛筆デッサンによる立体把握の仕方や、風景画の遠近を表現する透視図法、ネガティブなカタチとポジティブなカタチをどう組み合わせるかなど、学ばなくてはならないことがいっぱいある。

これらを一通りマスターすれば満足するかといえば、そうでもない。人心地ついて周りを見渡すと独自な表現をする人達がいる。そこで折角身につけた理論を根底から揺さぶられることになる。立体や陰影が出来るだけでは解決しない問題なのだ。描写力だけを武器に出来ない。

描写力は充分あるのに満足できない人達が教室を訪ねてくる。上手く描けるだけで果たしていいのだろうかと首を傾げるのだ。描写技術をアテにしているだけじゃ同じことを繰り返し発展性がないと思いだす。

捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。写実から独創への道のりが始まる。正確に云うと棄ててはいない、横に置いて別の発想をするのだ。いずれ描写は役に立つ。

描いたものが即、理解されるとは限らない。これでいいのだろうかという頼りない気持ちがつきまとうことになる。しかし避けては通れない。そこで具体的な後押しが必要となる。

ひとまず描写は後まわしにし、骨格を優先することを勧める。四角い画面にモノの配置をすることで生じるカタチや色の骨格をどうするかじっくり考え、余分なものを削っていく。骨格さえしっかり決まれば細部の描写などは描いているうち自然に浮かんでくるものだ。

骨格は後ではやり直しがきかない。構図という抽象的な操作よりも描写の方が目に見えるし腕前も見せられて楽しい。しかし絵から受ける印象は描写よりも独自なモノの見方や構図にある。大まかなカタチや配色がまず目に入る。構図は作者を最も反映する鏡なのだ。

描写の楽しみを出来るだけ先延ばしにしても、じっくりと「何に興味を持ったか、絵心をそそられたか」を考えることで省略や凝縮が出来る。これが「造形の芽」になるのだ。しかし途中からでも必要とあれば思い切った描き直しをする勇気も持ちたい。

「描写」から「造形」へと興味が向かった時、より自由な世界へと視野が拓けていくはずだ。

 

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