日記・コラム・つぶやき

2019年8月23日 (金)

気まぐれアトリエ日記(1117)・・・萱の抜き方

Img_3625 酷暑が続いてもうふた月になる。庭の芝生の草取りをしなかったら萱が生え始め、あれよあれよという間にはびこってしまった。萱はたちの悪い草だ。抜こうとしても地下茎なので芝に絡まってしまう。

短いものを掘って抜いてみると地面に生えた草丈の5倍くらいの長さの太い茎が地下に伸びている。7~8年前、手の付けようがないので諦めて庭の半分ほどの芝生を剝がして新しく張り替えた。

生徒に訊いても「もう抜くのは無理だねー」と気の毒そうに云う。暑い最中に少し抜いてみたのだが10分もすると目がまわりそうになるし蚊も出るしで諦めてしまった。秋になったら再度、芝生を張り直すことにしよう。

今朝、久しぶりの雨音で目が醒めた。かなり強い雨だ。そこでひらめいた。雨だったら暑くないし蚊も出ない。地面がゆるくなっているから、ひょっとして抜けるかも知れない。第一、雨に濡れれば気持ちがいい。

二股に分かれた草抜き道具を萱の根本に差し込んで、ゆっくりこじてみたらズルズルと出てくるではないか。しめた、今日は雨に濡れながらじっくりこの憎っくき根を抜くことにしよう。親の仇とばかり、折れないように抜いてみる。

萱が生えた庭はなんとも荒れ果てた家に見える。3時間ばかりでかなりすっきりしてきた。続きはまた雨の日にこの方法でやればいいことがわかった。工夫次第でなんとかなるもんだ。しかしパソコンがトラブった時はお手上げである。

昨夜パソコンを立ち上げたら「あなたのパソコンはハッカーに乗っ取られました。パスワードなどの個人情報はすべて抜き取られ、このまま放っておくと大変なことになります。至急下記までお電話ください。5分以内に対応しないと取り返しがつきません」と文字が出て、同時に女性の親切そうな声がささやいている。抜き取られる金銭的な情報など入っていないが、脅してくると詐欺とわかっていても気持が悪い。強制終了しながら何度も立ち上げたのだが、張り付いてきて離れない。

年間契約でフォローを頼んでいるFさんに電話すると「あー詐欺です。強制終了して一晩放っておいてください」と落ち着いた声で云った。翌朝パソコンを立ち上げたら、もう出てこなかった。

松井クンがFBに日常の中の曲線の解析を長い数式で入れてきたりするのだが、その数式は情けないことに私には理解不能な領域である。萱なら工夫でなんとかなるのだが、パソコンがトラブった時も、私にはもうどうにもならない領域なのだ。

 

 

2019年8月19日 (月)

気まぐれアトリエ日記(1116)・・・まーいっか

Img_3621 生徒のTさんが半田教室のアトリエに入ってくると、のどかな空気が流れる。いつもほんわかムードだ。水彩を描いているが、おおらかな性格なのであまり突き詰めた表現にはしない。そこで「もっと描けるんじゃないの」と指摘すると「もうこれでいいの!若い頃から大病を繰り返してきて、今生きていて絵が描けるだけでもう充分満足してるんだから」と云って笑う。

数々の病気を克服してきたというのに、ホワっとしていて愚痴など一度も聞いたことがない笑顔の人だ。Tさんにとって楽しく絵が描けて暮らせれば、それが一番大事なのだ。Tさんの絵を眺めるとそんな人柄が滲み出ている。人それぞれ求めるものは違うのだから、絵はこうあるべきなどと型にはめる必要などない。

若い頃の私は、今とは少し違っていた気がする。「こうあるべき」という規範があって、もっと生真面目だった。教室を始めた頃、生徒のSさんは私の指導を見てこう云った。「先生はもっといい加減でいいんだよ。私らを見てみなよ、こんなふうでも生きてこられたっていい見本見せてあげてるじゃないの」

人生とはこうあるべきという、どこか完璧主義だったと思う。今思い返すと、自分を「べき」で縛り付けていて、なんだか窮屈なところがあった。

「嫌われたくない」や「笑われたくない」にも縛られていた気がする。しかし、これらの考え方が役にたったかというと、ほとんど役にはたたなかったし、どこか無理しているような気がしていた。

絵を描くようになって、人は自由に発想し表現し、もっと自由に生きられるんだと描いた絵に教えられた。嫌われたって笑われたっていいよ、正直な自分を生きれば。「べき」などになんで縛られていたんだろう。「べき」なんかなくても、なんの問題もない。「べき」の代わりに「まーいっか」を呟くようにした。

あるがままの自分を曝せばいいと思えた時はうれしかった。「べき」を減らすと他者にもおおらかになれる。私は絵を指導してはいるが、実のところ、生徒から教えられることの方がずっと多かったように思う。

この頃、教室は絵を教えるだけの場ではないんだなあと思える。「絵がうまくなること」よりもっと大切なことは、いろんな人の生き方の巾を知り、みんなでそれを理解しあい、分かち合える場なんだということがわかってきた。

 

2019年8月17日 (土)

気まぐれアトリエ日記(1115)・・・秋の京都 教室スケッチ旅行

Img_3617 生徒のAさんから「秋のスケッチ旅行の日程きまった?他の予定があるから重ならないようにと思って」と訊かれたので、すぐカミさんに浜松駅JR東海ツアーズへ行って調べてもらうことにした。

9月10月はもうかなりうまっていたが、京都9月20日21日22日を押さえることが出来たというので、その夜早速募集チラシを作った。タイムサービス物件なので出発の45日前までに人数をまとめて申し込み、ホテル宿泊と新幹線チケットを購入し手渡す手筈だ。

昔は貸切観光バスをチャーターしてスケッチ旅行に行っていた。一番多かったのは奈良斑鳩をスケッチして歩く企画だった。50名をオーバーし補助椅子まで使った記憶がある。法輪寺の前の記念写真を見るとその人数に驚く。あの頃が教室の青春期で、みんな若かった。

観光バスをやめた理由は、25人乗りでも参加者が足りなくなかったからだ。そこで人数に関係のない新幹線+駅前ホテル+ホテルから出発する観光バスに切り替えた。

昨年は1日はバス、1日はフリープランにし哲学の道を自由に歩いたのだが、それぞれに散ってしまって、ホテルへの交通手段が銀閣寺方面と南禅寺方面とに別れてしまった。携帯では帰りの方法を説明できず、法然院まで来た連中をまた南禅寺まで歩かせることになった。

すべて私に責任があるのだが、思わず「もうこのプランは大変だー!」と叫んだら、後ろからついてきたTさんが「そんなことで泣くんじゃないよ!男のくせに」と一喝されてしまった。そのTさんから「去年の反省を込めて2日ともホテル発の観光バスを使ったらどう?先生も生徒も楽だよ」と提案があった。それがいいということになり以下のようなプランを立てた。

京都2泊3日教室スケッチ旅行 10月20日(日)21(月)22日(火)

20日(日)JR浜松駅8時55分発の新幹線こだま乗車―京都駅11時着 まず駅前新都ホテルに荷物を預ける。午後の予定は検討中。

21日(月)新都ホテルから観光バス10時出発―仁和寺(50分)―嵐山散策(90分)―即成院(30分)―戒光寺(30分)―泉涌寺(50分)―新都ホテル17時着―新都ホテルディナーバイキング全員分予約

22日(火)新都ホテルから観光バス10時出発―将軍塚青龍殿(40分)―醍醐寺(60分)―真如堂(30分)―金戒光明寺(60分)―新都ホテル16時55分着 荷物を受け取り 京都駅18時6分発新幹線こだま乗車―浜松駅19時50分着

徒歩による移動は極力少なくしたプランですがバスを降りてからは少し歩くのでスケッチ道具は軽めに と書き添えておいた。

 

2019年8月15日 (木)

気まぐれアトリエ日記(1114)・・・夏風邪

Img_3614 今日はもう終戦記念日だ。広島、長崎への原爆投下をうけてポツダム宣言を受諾し、無条件降伏した日だ。アメリカはこの日をどんな気持ちで迎えているのだろうか。日本人は深い挫折を味わいモノを思ってきた。もう繰り返すことは絶対に許されない。

連日の熱帯夜で、朝までエアコンつけて寝ないと夜中に目が醒めてしまう。明け方寒くて目が醒めたら体が冷えていた。布団を蹴っていたのだ。鼻水が出る。どうやら夏風邪をひいてしまったようだ。教室が始まる前に生徒からも「風邪っぽいからお休みします」いう連絡が次々入る。みんな夜のエアコンで風邪をひくようだ。

隣りの畑では今年も大きな向日葵が咲いていたが、そろそろ花びらが散り始めうなだれてきて絵には描き頃だ。「今年も向日葵もらっていい?」「うん、全部持ってっていいよ」毎年そう云ってくれるが、そんなにはいらない。5本貰ってきて、傘立てに入れロープで縛る、これが大仕事だ。

教室時に、向日葵のモチーフをコラージュしてよくいろんな賞をとってくるSさんに手伝ってほしいというと「エー!」ウッドデッキはエアコンがなくて暑い。「エーじゃない!向日葵にはすごくお世話になっているんだから一緒にやるんだよ!Sさんがまとめて持っていてくれればオレがロープで縛るから」

頭が重すぎて傘立てごと倒れてしまう。レンガを3枚底に詰めたがそれでもダメだった。「仕方がない、このままウッドデッキのスチール棚にしばらく縛り付けておこう。枯れてくればそのうち立つから」

昼間、2階でエアコンをつけてテレビを見ていると玄関でチャイムが鳴っても聞こえないことがある。先日、居たのにポストを見たら宅急便の不在連絡票が入っていた。これはいけない。義弟が「玄関にセンサーをつければ2階でチャイムが鳴るやつをホームセンターで売っているよ」

早速買いに行って取り付けてみた。ドライバーで固定しているとカミさんが「ハーイ!」と云いながら階段を降りてきた。「なーんだ、お客さんかと思った」これで誰が来ても大丈夫。

台風の余波で久しぶりに雨が降り出した。外に出してある鉢植えの葉が黄色っぽくなっているから恵みの雨だ。2~3日おきに水やりしていたのにすぐ乾燥してしまう。毎日遣らずにかわいそうなことをした。テレビでは四国、中国地方に台風直撃といっている。知り合いが住んでいる広島は大きな被害が出て間もないというのに、ひどくならなければいいのだが。

それにしてもこの暑さにはもう辟易している。はやく秋が来てほしい。

 

 

2019年8月11日 (日)

気まぐれアトリエ日記(1113)・・・狂騒曲

Img_3613 行動展出品作150号を仕上げた。まあこんなところだなあと思って筆を止めたのはいつもの通りである。オレは何をしたかったんだろうかと考えてみた。過ぎ去った様々なことや人間模様など、あんなことやこんなことがあったなあと振り返っている気がする。いや、それも違う。

夜中に昔のことを思い出し「アアー!」と声をあげそうになることがある。遠藤周作「狐狸庵閑話(コリャアカンワ)」を読んでいたらそのことが出てきた。「そんな体験もないヤツとは友達になれない」と周作は云った。みんなそんな経験があるんだ。

なんで今頃になって、はるか昔を振り返りそんな気分になるのだろうか。渦中にある時は精一杯で冷静に自分を眺める余裕などなかったからだろう。150号の絵には具体的な説明などはないが、混沌とした狂騒曲になったなあと感じる。その時その時一生懸命対応してきたんだよと自分をなだめる。

絵は言葉化すると逃げてしまう。なんとなく人生や人間解釈の感じ方が観る人と共有できればうれしいと思う。人にモノ申すことなどひとつもない。愚かしい人間が描いた絵であることは自分が一番よく知っている。

NHKの朝ドラを見ていたら北海道十勝で絵を描く天陽君がこんなことを云っていた。モデルは農民画家の神田日勝である。

「絵を描く、畑で作物をつくる。どちらも生きるためだ。畑は食うため、絵は排泄行為。我慢できなくなったら漏らしちゃう。描かずにいられなくなるから描くんだよ」

その気持ちよくわかる。説明できないもの、自分でも明確にならない何かを吐き出したくなるんだよ。展覧会の締め切りがなかったら、こんなに追われるように描かないかもしれない。しかし自分の目で自分が描いた絵をみてみたいから描くというのが正直な気持ちなのだ。

絵は知性だけでは描けない。頭で思い描いたものは裏切られ、時にそれを超えるからこそ面白い。だから腕を使って無意識、無自覚な自分を吐き出し、眺めてみたくなるんだよな。

 

 

2019年8月 8日 (木)

気まぐれアトリエ日記(1112)・・・富士

Img_3570 思いがけず義妹のMさんに誘われ、河口湖の近くにある別荘に出掛けることになった。義妹夫妻の妹のNさんは普段は東京に住んでいるが、夏の間避暑で過ごしているという。義妹夫妻とカミさんを乗せ8時半に出発。

新東名に乗り富士インターで降り、そこから青木ヶ原樹海や高原を走った。道路に落ちた木漏れ日がとても美しい快適なドライブだった。4時間で高原の林の中にある別荘に到着。庭に張り出したウッドデッキではNさんがバーベキューの準備をしていたのでテーブルを出す手伝いをし、そのあと庭と建物を一枚スケッチしプレゼント。

居間に入ると、壁には私が20数年前フランスで描いたスケッチが架かっていた。「この家を建てた時にお姉さんからいただいたんですよ」と云った。個展の時Mさんが買ってくれた絵で、スケッチ旅行の終盤にエクサンプロヴァンスで描いたものだ。コンテの線が当時を思い起こさせて、とても懐かしかった。Nさんのご主人が撮った富士山のアルバムを見せていただいたが、至近距離から見上げた富士山は今まで見たこともないほどの厳しく激しい姿で感動した。長い間、富士と対峙した結果だと感じた。

美味しいバーベキューと楽しい会話で、あっという間に時間が過ぎていった。その夜は久しぶりの涼しい空気の中で熟睡。翌朝は鶯の声で目が醒めた。6時から爽やかな空気の中、別荘地を散策。林の中に点在する素敵な建物は、私には到底縁のない別天地だなあと思いつつも楽しい時間だった。

朝食のあと、Nさんの案内で都留にあるリニア新幹線見学センターに寄り、そのあと河口湖畔へ。みんながお土産屋に入っている間、一枚スケッチ。富士山は生憎雲に隠れていたが、時折山頂や稜線を見せた。

富士は文学や美術において日本人が最も関わってきた山だ。しかし絵に描いたように美しいという言葉もまた富士のイメージである。富士を照れくさく感じる人達は、表面的な概念による常套手段的な絵や、銭湯に描かれたありきたりの絵に物足りなさを感じるからであろう。

直下から富士を見ると、その荒々しい迫力に思わず感動し歓声をあげてしまう。気象の千変万化ぶりも魅力である。棟方志功の黒い三角富士には雲も雪もなく単純だ。池田満寿夫の陶板画富嶽百八景をみた時にも、その単純さに驚いた。ただの三角形が、こんなにも色や姿を変え心を揺さぶるものなのかと思った。絵画的リアリティである。

河口湖畔でほうとう鍋を食べたあと、再度別荘へ戻り一休み。「また来てくださいね。色々な富士を見てほしいし、色々なところに案内したいから」Nさんは気さくで気遣いの人だ。「また是非お邪魔させてください」と云って車に乗ったが、いつまでも手を振って見送ってくれた。

うだるような真夏に、夢のように快適な時間を過ごすことができて心から感謝しつつ、こんなに涼しい環境でひと夏を過ごせるなんて、なんと羨ましい人達なんだと思いながらまた蒸し暑い浜松に向かって車を走らせた。

 

 

2019年8月 3日 (土)

気まぐれアトリエ日記(1111)・・・花火

Img_0705  子供の頃の夏の思い出といえば縁台で見る遠花火だった。遥か彼方に10円玉くらいに開き、しばらくしてポンと鳴る。花火のイメージは遠花火のことだった。

花火が好きなカミさんはこの季節、音がすると窓にしがみついて各所であがる花火を飽かず眺めている。透明感のある涼やかな輝きが一瞬に消えてしまう、あの感じが好きだという。西の空で金色に縁を輝かせた雲を見て「あの向こうになにかとてもいいことがありそう」とよく云っているが、そんな気分になるのだろう。

20代の頃から「鹿島の花火を見に行こう」というので車に大勢乗せて出掛けるようになった。天竜川が大きく蛇行した山あいが二俣である。その河川敷で打ち上げるので音が山に反響して迫力がある。

おふくろが亡くなる前の看病から、その後のお盆などが重なって出掛けていなかった。カミさんは、今年はチビたちを連れて花火見物に行きたいと云っている。河原の桟敷席からは打ち上げている花火師が目の前に見え、寝っ転がって見上げると真上の空いっぱいに大輪が開く。

そそっかしいカミさんは花火を見上げながら堤防の斜面を駆け下り足をくじいたこともあった。爆ぜた玉の破片が顔の上に落ちてきて髪は煤だらけ。いつの間にかこの臨場感が夏の風物詩となった。

ところがこの猛暑の中、友達と食事会をすると云って出ていったカミさんは、その夜頭痛と吐き気に襲われた。熱中症である。昨日一日涼しい部屋で安静にしていたら治まったようだ。

やれやれとテレビをつけたところ長岡の花火を中継していた。金銀を中心に品のいい花火だ。カタチ、空間、たたみ込む時の密度など花火師の美意識、心意気にジンときた。

「もうこれを見ればいいよ。体調考えて今年の鹿島花火はやめとこう」と云うと「もう治ったから行きたい!」と云う。楽しい外出なら少しぐらい具合が悪くても元気いっぱいになるのはいつものことである。

 

2019年8月 1日 (木)

気まぐれアトリエ日記(1110)・・・雨

Img_3524 今年の梅雨は長かった。雨ばかり続いて湿度が高く、カラっとしない鬱陶しい日々だった。珍しく雨があがった午後、一枚スケッチしようと近所の小さな川に出掛けた。

降られてもいいように車の中でスケッチ道具をひろげて描き始めたら、また雨が降り出した。描き始めたのだから仕上げてしまおうと思った。遠くの家はけぶり、鉄塔はかすみ、次第にぼやけた風景になっていった。そこで白いクレパスを取り出し雨を描き込んでみた。

普段の空気は透明なので意識はしない、見えるものに集中するのだが雨は空間の存在を意識させる。目に見えるカタチにプラス温度や湿度、雨の匂い、音、気配などが加わる。感じ方の表明が絵だとしたら、こんな日こそスケッチに向いているともいえる。

遠い山はただうすく描くだけでは足りない。どっしりとした存在感に大気の層をプラスしたもの、そう認識したいと生徒には常々話している。

野外スケッチに困難はつきものだ。風の日はイーゼルが吹っ飛んだりするし、雨はスケッチブックを濡らしてしまう。熱い日は熱中症に気をつけ、寒い冬は風邪をひかないように準備する。しかし、これらから受ける抵抗感がカタチの説明を超えた表現に繋がる。オーバーに云えば「生きていることの手触り」ともいえるものだ。

スケッチの途中で雨がポツポツ落ちだし、慌ててスケッチブックをしまったが、紙の上にはその時の雨のシミが残っていたりする。偶然が生んだ思い出のメモ。こんな状況で描いていた時のことは、いつまでも思い出として残る。

イギリスの作家マルコム・マゲリッジはこんなことを云っている。「ただ幸せな人生にはドラマがない」と。生徒にその話をしたら「だから先生にはドラマがないんだー!」ときた。我が身を振り返れば、いつも口先ばかりのドラマチックじゃない人生で面目ない。スケッチにいい条件を望むのは当然だが、悪条件の中にも生きる抵抗感、手応えのある表現に結び付くことだってある。

今日は都田スケッチ教室の日だが、それにしても暑くなりそうだ。早めに行って大きな木陰か橋の下などがどんな様子か調べておこう。

 

 

2019年7月31日 (水)

気まぐれアトリエ日記(1109)・・・酸欠の金魚

Img_2726-2 6月に入ったある日、浜北に住んでいる義妹からメールが入った。「今、河口湖からの帰り道で車を走らせてるけど、ピンポン玉くらいの雹が降ってきて怖い!」すぐ電話をしたらガンガン凄い音がする。

「えっ!これ雹の音なの?」「そうだよ!」この音だと多分車がへこんだと思う。「浜松は激しい雷雨だよ」外が光った途端、空気を切り裂く不気味な音とともに爆弾が落ちたような音がした。近くに落ちたようだ。

先日、またメールが入った。「今、河口湖の別荘にいる。地震があったけど浜松はどうだった?ひどかったね」「用事をしていて気がつかなかった」又、メールが来て「ダメじゃん!」ダメじゃんといわれても気がつかなかったものはしょうがないよ。

別荘というのは東京に住んでいる義妹のダンナの妹夫妻が、夏の間過ごしている避暑地のことだ。またメールが入った。「今21度、霧がかかってきて涼しいよ。朝近くの温泉に入ると赤富士が見えるし、夜は富士登山の灯りの行列が見える」

「いいなあ、こっちは蒸し暑くて何もする気が起きない。少し用事をするとフーフーするから、ひたすらエアコンの部屋に入っているだけ」「8月になったら休みのとれる日に一緒に泊まりに行こうか」とメール。調整して出掛けてみたい。

一昨年の春、銀座でグループ展をしていた時「浜北のMちゃんの義妹のNです」と訪ねてきてくれた女性がいた。背の高い美人だった。「小杉さんご夫妻にも是非河口湖に遊びにいらしていただきたいわ」と云っていた。この二組の夫妻はよく旅行にも行って気心の知れた仲らしい。

新東名を使えば、そんなに遠くはない。富士山方面へはほとんど行ったことがないのでスケッチ道具をもって一泊しながら富士山を間近で描いてみたい。池田満寿夫の陶板画に間近に聳える富士山を描いたものがあった。近くで見る富士山ってこんなに迫力がある凄いものかと思った。桜や菜の花の背後に小さくあしらった富士山とはまるで違う。

またメールが入った。「今日は散歩していたらやたらと警備車両が多いよ。アベさんがゴルフしに来ているみたい」余程涼しいところなんだろうなあ。なにはともあれ、この暑さからの脱出は魅力的だ。

酸欠の金魚みたいにアップアップしながら冷やし素麺すすっていた夏バテ気味の体に、想像しただけで一陣の涼しい風が吹き抜けた。

 

2019年7月29日 (月)

気まぐれアトリエ日記(1108)・・・蝉しぐれ

Img_3514 7月28日日曜日は毎年この時期に開かれる行動美術浜松事務所主催の作品合評会があった。会場の県居(あがたい)公民館に作品を並べ、出品者と出品者以外で合評会を聴きたい人達が参加する。県居公民館は国学者賀茂真淵を祀った県居神社の坂を下ったところにある。

M画材店のトラックが100号から150号まで30点余を積んで到着。作者が作品について話したあと、15分~20分ほどかけて指導にあたる。行動の場合、取り組む制作姿勢についてじっくり話し合うが、個々の絵に対処療法的なことはほとんど云わない。名古屋の辻先生が指導にあたってくれていた頃からの伝統だ。

20年程前、浜松の会員も6名になった時、辻先生は「もう君たちは育ったんだからみんなで指導すればいい」と云った。それからは6名で指導にあたってきたが、私は諸先輩が話すのを聴いていて意見を求められれば話す程度であった。

I 先生が亡くなり、A先生は退会し、O先生は入院していて参加できない状態になっている。2年前に女性のFさんが会員になったが、今年は大先輩であるF先生と浜松事務所のMさん、私の3人でアドバイスすることになり役割は重くなった。

教室の生徒には出来るだけ自力で頑張れと云って、紙に描いたプランや制作途上の写真等で指導してきたので、実際の作品を観るのは初めてであった。以下、合評会の一部を記してみる。

Kさんは教室でも寡黙に構想をあたためるタイプで、今まで粘り強く描いてきていた。頑張っている時にはどこか硬く感じたものが、今回の作品は肩の力が抜け、生き生きとした生命力があり新鮮だった。長い間地中で過ごした蝉の幼虫が地上に出て一気に夏空に向かって声を張り上げたような印象を受けた。

Iさんが水彩風景スケッチをする時は、まとめようとするより奔放で大胆なタッチのまま筆を置いている。それが150号の大画面でも自由で吹っ切れた感じになった。「絵は大きく作る、大作は小品のように描く」が体得出来てきたように感じた。

Mさんは街の人混みの中での雨あがりの水たまりのイメージだと云った。感じたまま腕まかせに描いた度胸のいい抽象画だ。技術やマチエールに頼るのでもなく色のハーモニーとタッチで構成した充実した画面だった。

Nさんは社会的なテーマを造形に託して濃密な画面になっていた。テーマをそのまま説明として提示せず、観る人の受け止め方に委ねている。隠しても滲み出てくるものこそ内なる表現であろう。そういう意味ではテーマの火種をもつことは強さに繋がる。

それぞれの発想、手法で脱皮してきている作品について触れてみたが、魅力的な作品は他にも多くあった。県居神社の森では一斉に蝉が鳴き出した。帰りのカーラジオで、東海地方は今日梅雨明け宣言が出たと告げていた。

 

 

 

 

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